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新潟地方裁判所 昭和55年(ワ)431号 判決

甲事件原告

船山朋子

甲事件原告

船山幸恵

右法定代理人親権者母

船山朋子

甲事件原告

船山朋美

右法定代理人親権者母

船山朋子

甲事件原告

船山辰弥

甲事件原告

船山しか

右甲事件原告ら訴訟代理人弁護士

小林英一

右訴訟復代理人弁護士

高山道雄

乙事件原告

渡部由紀子

乙事件原告

渡部陽子

右法定代理人親権者母

渡部由紀子

乙事件原告

渡部真実

右法定代理人親権者母

渡部由紀子

乙事件原告

渡部ウメノ

右乙事件原告ら訴訟代理人弁護士

正木宏

丙事件原告

森田五郎

丙事件原告

森田孝

丙事件原告

渡邉孝

丙事件原告

渡邉ミツ

右丙事件原告ら訴訟代理人弁護士

中村洋二郎

中村周而

味岡申宰

甲、乙、丙事件被告

伊藤敬治

右訴訟代理人弁護士

加藤勇

甲、乙、丙事件被告

株式会社テイオン

右代表者代表取締役

石名坂正吉

右訴訟代理人弁護士

近藤誠

甲、乙、丙事件被告

有限会社酒田舶用機器整備センター

右代表者代表取締役

青山吉作

右訴訟代理人弁護士

赤谷孝士

右訴訟復代理人弁護士

高島民雄

甲、乙、丙事件被告

株式会社山形造船所

右代表者代表取締役

鈴木二三

右訴訟代理人弁護士

加藤勇

甲、乙、丙事件被告

株式会社山形県水産公社

右代表者代表取締役

原田行雄

右訴訟代理人弁護士

加藤次郎

増井喜久士

右訴訟復代理人弁護士

樋口正昭

丙事件被告

株式会社新協鉄工所

右代表者代表取締役

本間康雄

右訴訟代理人弁護士

鶴巻克恕

丙事件被告

岩浪工業株式会社

右代表者代表取締役

岩浪紀夫

右訴訟代理人弁護士

今成一郎

右訴訟復代理人弁護士

橘義則

主文

一  甲事件

1  甲事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社は、各自、甲事件原告船山朋子に対し金一五〇〇万円及び内金一一〇〇万円に対する昭和五四年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵に対しそれぞれ金一六〇八万六五二一円及びこれに対する昭和五四年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、甲事件原告船山辰弥及び同船山しかに対しそれぞれ金五〇万円及びこれに対する昭和五四年一一月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、支払え。

2  甲事件原告らの、甲事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社に対するその余の請求並びに甲事件被告有限会社酒田舶用機器整備センター及び同株式会社山形造船所に対する請求を、いずれも棄却する。

二  乙事件

1  乙事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社は、各自、乙事件原告渡部由紀子に対し金一七九五万五三一二円及び内金一六七〇万五三一二円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実に対しそれぞれ金一六四七万〇九六七円及び内金一五三三万〇九六七円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、乙事件原告渡部ウメノに対し金五四万円及び内金五〇万円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、支払え。

2  乙事件原告らの、乙事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社に対するその余の請求並びに乙事件被告有限会社酒田舶用機器整備センター及び同株式会社山形造船所に対する請求を、いずれも棄却する。

三  丙事件

1  丙事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社は、各自、丙事件原告森田五郎及び同森田孝に対しそれぞれ金一五五〇万四八二三円及び内金一四四二万四八二三円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対しそれぞれ金一四五三万六八九七円及び内金一三五二万六八九七円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、支払え。

2  丙事件原告森田五郎及び同森田孝の、丙事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社に対するその余の請求並びに丙事件被告有限会社酒田舶用機器整備センター、同株式会社山形造船所及び同株式会社新協鉄工所に対する請求を、いずれも棄却する。

3  丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの、丙事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン及び同株式会社山形県水産公社に対するその余の請求、丙事件被告有限会社酒田舶用機器整備センター及び同株式会社山形造船所に対する請求並びに丙事件被告岩浪工業株式会社に対する主位的請求を、いずれも棄却する。

4  丙事件被告岩浪工業株式会社は、丙事件被告渡邉孝及び同渡邉ミツに対しそれぞれ金二一〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、甲、乙及び丙事件を通じ、甲、乙及び丙事件各原告らに生じた費用の全部を甲、乙及び丙事件被告伊藤敬治、同株式会社テイオン並びに同株式会社山形県水産公社の連帯負担とし、甲、乙及び丙事件被告伊藤敬治に生じた費用の全部を同被告の負担とし、甲、乙及び丙事件被告株式会社テイオンに生じた費用の全部を同被告の負担とし、甲、乙及び丙事件被告株式会社山形県水産公社に生じた費用の全部を同被告の負担とし、甲、乙及び丙事件被告有限会社酒田舶用機器整備センター並びに同株式会社山形造船所に生じた費用の全部を甲、乙及び丙事件原告らの負担とし、丙事件被告株式会社新協鉄工所に生じた費用の全部を丙事件原告森田五郎及び同森田孝の負担とし、丙事件被告岩浪工業株式会社に生じた費用はこれを四分し、その三を丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの負担とし、その余は丙事件被告岩浪工業株式会社の負担とする。

五  この判決は、第一項の1、第二項の1、第三項の1及び第三項の4に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  甲事件

1  甲事件原告らの請求の趣旨

(一) 被告伊藤敬治(以下「被告伊藤」という。)、同株式会社テイオン(以下「被告テイオン」という。)、同有限会社酒田舶用機器整備センター(以下「被告センター」という。)、同株式会社山形造船所(以下「被告造船所」という。)及び同株式会社山形県水産公社(以下「被告公社」という。)は、各自、甲事件原告船山朋子に対し金一五〇〇万円及び内金一一〇〇万円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵に対しそれぞれ金一六〇八万六五二七円及びこれに対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員、甲事件原告船山辰弥及び同船山しかに対しそれぞれ金七五万円及びこれに対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、支払え。

(二) 訴訟費用は甲事件被告らの連帯負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する甲事件被告らの答弁

(一) 甲事件原告らの甲事件被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は甲事件原告らの負担とする。

二  乙事件

1  乙事件原告らの請求の趣旨

(一) 被告伊藤、同テイオン、同センター、同造船所及び同公社は、各自、乙事件原告渡部由紀子に対し金一九〇二万八九三五円及び内金一七三二万八九三五円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実に対しそれぞれ金一八〇〇万八四三四円及び内金一六四〇万八四三四円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員、乙事件原告渡部ウメノに対し金一一〇万円及び内金一〇〇万円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を、支払え。

(二) 訴訟費用は乙事件被告らの連帯負担とする。

(三) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する乙事件被告らの答弁

(一) 乙事件原告らの乙事件被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は乙事件原告らの負担とする。

三  丙事件

1  丙事件原告らの請求の趣旨

(一) 被告伊藤、同テイオン、同センター、同造船所、同公社及び同株式会社新協鉄工所(以下「丙事件被告新協」という。)は、各自、丙事件原告森田五郎及び森田孝に対し、それぞれ金二六三〇万六九九〇円及び内金二三九五万六九九〇円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二) 被告伊藤、同テイオン、同センター、同造船所、同公社及び同岩浪工業株式会社(以下「丙事件被告岩浪」という。)は、各自、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対し、それぞれ金二五九一万八一五六円及び内金二三五六万八一五六円に対する昭和五四年一一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(三) (丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの丙事件被告岩浪に対する予備的請求)

丙事件被告岩浪は、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対しそれぞれ金二一〇万円及びこれに対する昭和六〇年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(四) 訴訟費用は丙事件被告らの負担とする。

(五) 仮執行宣言

2  請求の趣旨に対する丙事件被告らの答弁

(一) 丙事件原告らの丙事件被告らに対する請求をいずれも棄却する。

(二) (丙事件被告岩浪)

丙事件原告らの丙事件被告岩浪に対する予備的請求を棄却する。

(三) 訴訟費用は丙事件原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  甲事件

1  甲事件原告らの請求原因

(一) 甲事件原告らと訴外亡船山隆士との関係

甲事件原告船山朋子は訴外亡船山隆士(以下「亡船山」という。)の妻、同船山朋美は亡船山の長女、同船山幸恵は亡船山の次女、同船山辰弥は亡船山の実父、同船山しかは亡船山の実母である

(二) 甲事件被告ら相互の関係

(1) 被告公社はその所有するイカ釣り漁船栄久丸(三五九トン)の整備点検、外装の塗装等を被告造船所に発注し、被告造船所はこれを請負った。

(2) 被告造船所は、山形県酒田市入船町六番二二号に所有する船渠において、自ら栄久丸の船体の整備点検と外装関係の仕事を行う一方、被告公社と協議の上、機関関係の整備点検を被告センターに、冷凍装置関係の整備点検、改善を被告テイオンにそれぞれ下請させた。

(3) 被告伊藤は、被告テイオンの従業員である。

(三) 本件事故の発生

(1) 亡船山は丙事件被告新協の従業員であったが、昭和五四年一〇月三〇日、丙事件被告新協から、被告センターが請負った栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事するよう命じられ、同月三一日から被告センターの指揮の下に、同被告の従業員と共同して右作業に従事していた。

(2) 亡船山は、昭和五四年一〇月三一日午後五時頃、栄久丸の船底部にある機関室においてエンジン部分の点検作業に従事していたところ、冷凍用コンデンサー(凝縮器)バルブから噴出したアンモニアガスが船内に充満し、右ガスの吸引による中毒症及び大火傷を負い、同年一一月一〇日午後八時一〇分頃酒田市立病院において死亡した。

(四) 本件事故の原因

(1) 漁船用の冷凍装置は、最近ではアンモニアガスよりも毒性の少ないフレオンガスを使用しているが、栄久丸の冷凍装置はアンモニアガスを使用した旧式のものであり、本件事故当時、冷凍装置のコンデンサー内部には、相当量のアンモニアガスが充満し、さらに右コンデンサーに接続するレシーバー(受液器)及びオイルセパレーター(油分離器)等にも多量のアンモニアガスまたはアンモニア液が貯留されていた。

(2) 被告伊藤は、栄久丸の機関長であった訴外丸山秀輝(以下「丸山」という。)から、「冷凍機にアンモニアガスを送り込む圧縮機の潤滑オイルの消費量が多すぎる。」として冷凍装置の整備点検作業を命じられ、コンデンサーから油抜きを行うため右コンデンサーのドレン抜き弁(油抜き用バルブ)を開口した際、コンデンサー内部または右コンデンサーに接続するレシーバー及びオイルセパレーター等に充満貯留していたアンモニアガスを噴出せしめ、右ガスが栄久丸の機関室内に充満したために本件事故が生じたものである。

(五) 甲事件被告らの責任

(1) 被告伊藤の責任(不法行為責任)

(ア) アンモニアガスは、労働安全衛生法(以下「労安衛法」という。)に基づく同法施行令六条一八号別表第三の第三類物質1に定める特定化学物質としてきわめて危険性の高いものであるところ、被告伊藤が冷凍装置の整備点検にかかった当時、前記のとおり冷凍装置のコンデンサーの内部には相当量のアンモニアガスが充満し、右コンデンサーに接続するレシーバー及びオイルセパレーター等にも多量のアンモニアガスまたはアンモニア液が貯留されており、不用意にコンデンサーのドレン抜き弁を開口すれば、コンデンサー等の中にあったアンモニアガスが噴出する状態にあった。

(イ) 事前の事故防止義務

被告伊藤は、コンデンサーから油抜きをすべくドレン抜き弁を開口するにあたっては、事前に、他の作業従事者に対し、いわゆる油抜き作業というアンモニアガスの流出するおそれのある作業にとりかかる旨周知徹底させ、必要な場合には退避させ、或るいは非常の場合に備えてドレン抜き弁を確実に操作するための工具の準備や防毒マスクを準備し、避難方法の確認、確保をするなどの事故防止措置をとるべき注意義務があった。

(ウ) 安全操作義務

被告伊藤は、コンデンサーから油抜きを行うに際し、アンモニアガスのような危険物質を内蔵する機器を扱うのであるから、コンデンサーのガス出口弁を閉め、ガス入口弁を開くなどアンモニアガスの流出入に関係する弁を適切に開閉して、圧縮機の船外パージ弁からコンデンサー及びこれに通じる回路内にあるアンモニアガスを放出した上でドレン抜き弁を開口するか、または、少なくともコンデンサーのガス入口弁、出口弁及び均圧弁を閉めて他の回路からアンモニアガスがコンデンサー内に流入しない措置をとった上、ドレン抜き弁にパージホースを挿入してその先端を水中に入れて静かにドレン抜き弁を開口するなど、アンモニアガスの噴出または船内への拡散を防止した安全操作をすべき注意義務があった。

(エ) ガス噴出時の緊急措置義務

被告伊藤は、コンデンサーから油抜きを行った際、万一内部のアンモニアガスが噴出した場合には、直ちにドレン抜き弁を閉め、アンモニアガスの噴出を措止すべき注意義務があった。

(オ) しかるに、被告伊藤は、(イ)の事前の事故防止措置も、(ウ)の安全操作も、(エ)のガス噴出時の緊急措置も全て怠り、ただ漫然と油抜きをするために左舷コンデンサーのドレン抜き弁を開口した過失により、コンデンサー内のアンモニアガスを急激に噴出せしめ、しかもこれに驚愕したあまりドレン抜き弁を閉めずにそのまま逃走したため、アンモニアガスを一気に機関室内に充満させ、本件事故を生じさせた。

よって、被告伊藤は、民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(2) 被告テイオンの責任(使用者責任)

被告伊藤は、被告テイオンの被用者であり、その事業の執行につき右(1)の不法行為を行った。

よって、被告テイオンは、被告伊藤の右不法行為につき民法七一五条により損害賠償責任を負う。

(3) 被告センターの責任

(ア) 使用者責任

被告センターの取締役工場長である訴外青山弘章(以下「青山」という。)は、同被告が請負った栄久丸の機関関係の整備点検に関する現場責任者として右の作業に従事していたものであるが、丸山及び被告伊藤が栄久丸の冷凍装置の整備点検作業をなすことを予め知っていたのであるから、右修理に伴い冷凍装置内のアンモニアガスが噴出する事態のあることを予見し、非常時に備えた準備、警戒をなすべき注意義務を負っていたにもかかわらず、被告伊藤がドレン抜き弁を開口するに際し、被告センターの請負った作業に従事している者に対する安全管理を全く行わなかった過失により、本件事故が生じた。

よって、被告センターは、青山の右不法行為につき民法七一五条による損害賠償責任を負う。

(イ) 安全配慮義務違反による債務不履行責任

被告センターは、丙事件被告新協に対して栄久丸の機関関係の整備点検作業について作業員の派遣を依頼し、亡船山らの派遣を受け、その指揮、監督の下に亡船山らを右作業に従事させていたものであるから、丙事件被告新協と並んで労働契約上の安全配慮義務を重畳的に負うものであるところ、亡船山に対し、栄久丸の冷凍装置の内部にはアンモニアガスが含まれていること及びその危険性を教え、非常時の場合に備えて避難方法を確保し、または防具等の装着をさせるなどの安全対策措置を全く尽くさず、本件事故を招いた。

よって、被告センターは民法四一五条により損害賠償責任を負う。

(4) 被告造船所の責任

(ア) 使用者責任

被告造船所は、栄久丸の整備点検の元請負人として個々の作業を行うにつき被告テイオンや被告センターに下請させていたものであるが、被告テイオンの従業員被告伊藤及び被告センターの従業員青山に対して直接の使用者と同様の指揮、監督をしていたものであり、労働基準法(以下「労基法」という。)八七条の趣旨からいっても、栄久丸の整備点検作業に従事する作業員に対する関係では実質上の使用者であった。

よって、被告造船所は、被告伊藤または青山の前記不法行為につき民法七一五条による損害賠償責任を負う。

(イ) 不法行為責任

被告造船所は、同被告が栄久丸の整備点検の元請負人として個々の作業を下請に出すにあたっては、その所有する船渠内で複数の下請業者が同時に作業を行い、しかもその内にはアンモニアガスを扱う危険な作業が含まれるのであるから、労安衛法二九条、三〇条の趣旨からしても下請業者との間において作業手順についての十分な打ち合わせ及び安全確保のための指導を行い、特定化学物質等予防規則(以下「特化則」という。)二二条列記の措置を講ずる義務があるにもかわらず、これを怠り、漫然と被告伊藤を冷凍装置の整備点検作業に従事させた過失により、本件事故が生じた。

よって、被告造船所は民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(ウ) 予備的主張(安全配慮義務違反による債務不履行責任)

仮に、(ア)及び(イ)の主張が認められないとしても、被告造船所は、栄久丸の整備点検の元請負人としてその下請業者の従業員に対しても労働契約上の安全配慮義務を負うものであるところ、被告造船所は下請業者間における作業手順についての十分な打ち合わせ及び安全確保のための指導を行わず、また特化則二二条列記の措置を講ぜず、漫然と被告伊藤を冷凍装置の整備点検作業に従事させたことにより、本件事故を生じさせた。

よって、被告造船所は民法四一五条により損害賠償責任を負う。

(5) 被告公社の責任

(ア) 使用者責任

(a) 被告公社の被用者である丸山は、被告伊藤の作業を含む栄久丸の整備点検作業全般の現場における監督、指示者であり、栄久丸の冷凍装置がアンモニアガスを使用した旧式のものであること及びその整備点検作業に危険性があることを知悉していた。したがって、丸山は被告伊藤に対し、冷凍装置の構造を的確に指示説明し、被告伊藤が冷凍装置の整備点検作業にとりかかるにあたって丸山自身も前記(五)の(1)の(イ)の事前の事故防止義務、(ウ)の安全操作義務及び(エ)のガス噴出時の緊急措置義務を負っていたにもかかわらず、これを全て怠り、被告伊藤が漫然とドレン抜き弁を開口するにまかせた過失により、本件事故を生じさせた。

(b) 被告公社は、その被用者である丸山をして栄久丸の整備点検作業全般について現場における監督、指示を行っていたものであり、右修理を元請負した被告造船所との経営的一体性及び労基法八七条の趣旨に照らすと、栄久丸の整備点検作業に従事した被告伊藤及び青山に対して事実上の使用者または監督者とみられるものである。

(c) よって、被告公社は、丸山、被告伊藤または青山の前記不法行為につき民法七一五条一項または二項により損害賠償責任を負う。

(イ) 不法行為責任

被告公社は、同被告の所有する栄久丸の整備点検を発注するにあたり、複数の業者が作業に従事することになる場合には、労働災害防止上、複数の下請業者の作業員全体について安全上の統括責任者たるべき者を定め、各業者の作業内容を明確にするとともにその作業手順や作業連絡の調整を尽くすべき義務があるにもかかわらず、同被告の被用者である丸山を作業現場の監督の任にあたらしたものの、適切な監督、指示を行うよう指揮することも、冷凍装置の整備点検の内、コンデンサーからの油抜きについて明確な注文または作業内容を定めないまま、漫然と被告伊藤をして油抜き作業に従事させた過失により、本件事故が生じた。

よって、被告公社は民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(ウ) 注文者の責任

栄久丸の所有者である被告公社は、同時に複数の業者が作業に従事する工事を発注するにあたっては、注文者としても労働災害防止上、複数の下請業者の作業員全体について安全上の統括責任者たるべき者を定め、各業者の作業内容を明確にするとともにその作業手順や作業連絡の調整を尽くすべき義務があるにもかかわらず、冷凍装置の整備点検の内、コンデンサーからの油抜きについて明確な注文または作業内容の指図を行わず、漫然と被告伊藤をして油抜きを行わせた過失により、本件事故が生じた。

よって、被告公社は民法七一六条により損害賠償責任を負う。

(6) 甲事件被告らの不法行為は、以上のとおり重畳的に行われたものであるから、甲事件被告らは民法七一九条一項前段または後段の共同不法行為者として連帯して損害を賠償する責任を負う。

(六) 甲事件原告らの損害

(1) 亡船山の逸失利益

亡船山は死亡時満二八歳であり、死亡前年に金三〇五万一〇四五円の賃金収入があった。亡船山が本件事故で死亡しなければ今後三九年間就労することができるものであるところ、生活費として三五パーセントを控除し、ホフマン式計算(ホフマン係数二一・三〇九)により亡船山の逸失利益の現在額を算出すると金四二二五万九五八二円となる。

(2) 慰藉料

本件事故による亡船山の死亡により、甲事件原告らは夫、父または子をなくしたことによる多大の精神的苦痛をそれぞれ被ったが、これを慰藉するには金銭に見積もるとそれぞれ次の金額が相当である。

(ア) 甲事件原告船山朋子 金六〇〇万円

(イ) 同船山朋美 金四〇〇万円

(ウ) 同船山幸恵 金四〇〇万円

(エ) 同船山辰弥 金七五万円

(オ) 同船山しか 金七五万円

(3) 弁護士費用

甲事件原告らは、本件訴訟の提起、追行を甲事件原告ら訴訟代理人に依頼し、甲事件原告船山朋子は右代理人に対し手数料及び報酬として合計金四〇〇万円の支払を約した。

(4) 弁済等

(ア) 甲事件原告船山朋子、同船山朋美及び同船山幸恵は、丙事件被告新協から、財産上の損害賠償としてそれぞれ金二〇〇万円(合計金六〇〇万円)の弁済を受けた。

(イ) 甲事件原告船山朋子は、労災保険による遺族特別支給金として金二〇〇万円及び労災年金として金七一万九〇二七円の支給を受け、これを財産上の損害に充当した。

(七) よって、甲事件被告ら各自に対し、甲事件原告船山朋子は亡船山の逸失利益に関する相続分、慰藉料及び弁護士費用の合計額から前記弁済金等及び本件最終口頭弁論期日までに受領する労災年金を控除した後の金一五〇〇万円、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵はそれぞれ亡船山の逸失利益に関する相続分及び慰藉料の合計額から前記弁済金を控除した各金一六〇八万六五二七円、甲事件原告船山辰弥及び同船山しかは慰藉料として各金七五万円並びに甲事件原告船山朋子においては右金一五〇〇万円から弁護士費用を除いた金一一〇〇万円に対する、その余の甲事件原告らにおいては右各金員に対する、本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する甲事件被告らの認否

(一) 請求原因(一)項について

(1) 被告伊藤

認める。

(2) 被告テイオン

答弁書を提出しただけで口頭弁論期日に出頭せず、認否を行なわない。

(3) 被告センター

知らない。

(4) 被告造船所

認める。

(5) 被告公社

知らない。

(二) 同(二)項について

(1) 被告伊藤

(1)の事実のうち、被告公社が栄久丸を所有していることは認めるが、その余の事実は知らない。

(2)の事実のうち、被告造船所が山形県酒田市入船町六番二二号に船渠を所有していることは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

(1)の事実は知らない。

(2)の事実のうち、被告センターが被告造船所から栄久丸の機関関係の整備点検を請負ったことは認めるが、その余の事実は知らない。

(3)の事実は知らない。

(4) 被告造船所

(1)の事実のうち、被告公社がその所有するイカ釣り漁船栄久丸の船体工事(塗装を含む。)、錨のチェーン点検、チェーンロッカーの清掃等の船体部分の整備点検と、特別注文として両舷のブルワークを高くすることを被告造船所に発注し、被告造船所がこれを請負ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実のうち、被告造船所が山形県酒田市入船町六番二二号に所有する船渠において栄久丸の外装関係の仕事を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)の事実は認める。

(5) 被告公社

(1)の事実のうち、被告公社がその所有するイカ釣り漁船栄久丸の外装の塗装を被告造船所に発注し、被告造船所がこれを請負ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実のうち、被告造船所が山形県酒田市入船町六番二二号に所有する船渠において栄久丸の外装関係の仕事を行ったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3)の事実は認める。

(三) 同(三)項について

(1) 被告伊藤

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

(1)の事実のうち、亡船山が昭和五四年一〇月三一日から栄久丸の機関機器の整備点検作業に従事していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実は認める。

(4) 被告造船所

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(5) 被告公社

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(四) 同(四)項について

(1) 被告伊藤

(1)の事実は、アンモニアガスの量の点を除き認める。アンモニアガスの量は知らない。

(2)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

(1)の事実のうち、本件事故当時、冷凍装置のコンデンサー内部には相当量のアンモニアガスが充満し、さらに右コンデンサーに接続するレシーバー及びオイルセパレーター等にも多量のアンモニアガスまたはアンモニア液が貯留されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実は知らない。

(4) 被告造船所

(1)の事実のうち、漁船用の冷凍装置は最近ではアンモニアガスよりも毒性の少ないフレオンガスを使用しているが、栄久丸の冷凍装置はアンモニアガスを使用した旧式のものであることは認めるが、その余の事実は知らない。

(2)の事実は知らない。

(5) 被告公社

(1)の事実のうち、漁船用の冷凍装置は最近ではアンモニアガスよりも毒性の少ないフレオンガスを使用しているが、栄久丸の冷凍装置はアンモニアガスを使用した旧式のものであることは認めるが、その余の事実は知らない。

(2)の事実は否認する。

(五) 同(五)項について

(1) 被告伊藤

(1)の(ア)の事実のうち、被告伊藤が冷凍装置の整備点検作業にとりかかった時、冷凍装置のコンデンサー内部、右コンデンサーに接続するレシーバー及びオイルセパレーター等にアンモニアガスまたはアンモニア液が充満または貯留していたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(イ)の事実は否認する。同(ウ)の事実は否認する。同(エ)の事実は認める。同(オ)の事実は否認する。

(6)の事実は否認する。

(主張)

被告伊藤が行った作業は油抜きの作業であって、冷凍装置の分解作業を伴うものではないから、冷凍装置内のアンモニアガスを全部放出させた上で行わなければならない作業ではない。そして、甲事件原告らの(イ)及び(ウ)の主張は全てドレン抜き弁が正常に作動し、その開閉も正常に行えることを前提にした主張であるところ、本件事故当時、ドレン抜き弁の表面に予測不可能な金属片が介在し、そのためドレン抜き弁が回らなくなり、正常な開閉ができなかったものであるから、甲事件原告らの(イ)及び(ウ)の主張はその前提を欠き、また、被告伊藤はドレン抜き弁が開閉不能になる事態を予見し得なかったものであるから、この点についても過失はないというべきである。甲事件原告らの(ウ)の主張については、被告伊藤はアンモニアガス噴出直後直ちにドレン抜き弁を閉めようとしたが、ドレン抜き弁が前記の状態にあり、そのためドレン抜き弁が閉まらなかったものであり、右の事態についても被告伊藤の過失とすることはできないものである。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

(3)の(ア)及び(イ)の事実並びに(6)の事実は否認する。

(主張)

青山は、栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事していた作業員に対し、栄久丸の配管関係、アンモニアガスを使った冷凍装置について説明を行い、冷凍装置に関する機器については絶対触れないこと、取りはずした部品に身体を当てたり、踏んだりしないこと等作業上の注意事項を周知徹底させ、非常時の退避の準備として、エンジン上部に板を置き、その上に乗りタラップをはずして船外に出られるようにしていたもので、作業現場における安全確保上の注意義務は尽くされていた。しかるに、本件事故は、被告センターの関知しない冷凍装置の整備点検作業に伴って発生したものであり、かつ、青山において被告伊藤が油抜きを行うことを知り得なかったものであって、予測不可能な事故であった。仮に、青山に甲事件原告らの主張する過失があったとしても、本件事故は青山の過失の有無にかかわらず発生したものであるから、甲事件原告らの損害との間に相当因果関係はない。

(4) 被告造船所

(1)の(ア)ないし(オ)、(3)の(ア)、(4)の(ア)ないし(ウ)及び(6)の事実は否認する。

(主張)

被告造船所は被告公社から栄久丸の整備点検全般について一括請負(元請負)したものではない。すなわち、被告造船所は昭和五四年一〇月一〇日頃、被告公社から、栄久丸の労安衛法所定の定期検査を受けるため被告造船所の船渠に上架してもらいたい旨依頼を受け、その後、法定の定期検査項目の内、船体工事(塗装を含む。)、錨のチェーン点検、チェーンロッカーの清掃等の船体部分の整備点検と、特別注文として両舷のブルワークを高くすることを請負ったにすぎない。そして、被告公社は、被告造船所とは全く別途に、同月一一日頃被告テイオンに対し冷凍装置関係の整備点検を、同月一五日頃被告センターに対し機関関係の整備点検を発注し、右各被告がそれぞれ各注文を直接請負ったものである。

被告伊藤の不法行為についての使用者責任については、そもそも被告造船所と被告伊藤との間に使用従属関係がないものであるが、仮に使用従属関係が認められるとしても、前記(五)の(1)の被告伊藤の主張のとおり、被告伊藤には過失はない。

(5) 被告公社

(1)の(ア)ないし(オ)、(3)の(ア)、(5)の(ア)ないし(ウ)及び(6)の事実のうち、丸山が被告公社の被用者であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(六) 同(六)項について

(1) 被告伊藤

(1)及び(2)の事実は否認する。(3)の事実は知らない。(4)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

全部知らない。

(4) 被告造船所

(1)及び(2)の事実は否認する。(3)の事実は知らない。(4)の事実は認める。

(5) 被告公社

全部否認する。

二  乙事件

1  乙事件原告らの請求原因

(一) 乙事件原告らと訴外渡部庫一との関係

乙事件原告渡部由紀子は訴外亡渡部庫一(以下「亡渡部」という。)の妻、同渡部陽子は亡渡部の長女、同渡部真実は亡渡部の次女、同渡部ウメノは亡渡部の実母である。

(二) 乙事件被告ら相互の関係

一の1(甲事件原告らの請求原因)の(二)の(1)ないし(3)と同一であるから、これを引用する。

(三) 本件事故の発生

(1) 亡渡部は、丙事件被告岩浪の従業員であったが、丙事件被告岩浪から、被告センターが請負った栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事するよう命じられ、被告センターの指揮の下に、同被告の従業員と共同して右作業に従事していた。

(2) 亡渡部は、昭和五四年一〇月三一日午後五時頃、栄久丸の船底部にある機関室においてエンジンの解体整備作業に従事していたところ、冷凍用コンデンサーバルブから噴出したアンモニアガスが船内に充満し、右ガスによる火傷及び呼吸不全によりその頃死亡した。

(四) 本件事故の原因

一の1(甲事件原告らの請求原因)の(四)の(1)及び(2)と同一であるから、これを引用する。

(五) 乙事件被告らの責任

一の1(甲事件原告らの請求原因)の(五)の(1)ないし(6)(但し、(4)の(ウ)を除く。)と同一であるから、これを引用する。

(六) 乙事件原告らの損害

(1) 亡渡部の逸失利益

亡渡部は死亡時満三一歳であり、死亡前一年間に金二七一万一〇四七円の賃金収入があった。亡渡部が本件事故で死亡しなければ今後三六年間就労することができるものであるところ、生活費として三〇パーセントを控除し、ホフマン式計算(ホフマン係数二〇・二七五)により亡渡部の逸失利益の現在額を算出すると金三八四七万六五三四円となる。

(2) 慰藉料

本件事故による亡渡部の死亡により、亡渡部はもとより、乙事件原告らも夫、父または子を亡くしたことにより、各自多大の精神的苦痛を被ったがこれを慰藉するには各自金銭に見積もるとそれぞれ次の金額が相当である。

(ア) 亡渡部 金九〇〇万円

(イ) 乙事件原告渡部由紀子 金二〇〇万円

(ウ) 同渡部陽子 金二〇〇万円

(エ) 同渡部真実 金二〇〇万円

(オ) 同渡部ウメノ 金一〇〇万円

(3) 葬祭費

乙事件原告渡部由紀子は、亡渡部の葬祭費として金一〇〇万円を支出した。

(4) 弁護士費用

乙事件原告らは、本件訴訟の提起、追行を乙事件原告ら訴訟代理人に依頼し、手数料及び報酬として右代理人に対し、乙事件原告渡部由紀子は金一七〇万円、同渡部陽子及び同渡部真実は各金一六〇万円、同渡部ウメノは金一〇万円の支払をそれぞれ約した。

(5) 弁済等

乙事件原告渡部由紀子、同渡部陽子及び同渡部真実は、労災保険から金二七九万五〇五〇円、丙事件被告岩浪から金一五三万五六八〇円の支払を受け、右金員を右原告ら三名の弁護士費用を除いた各損害額の割合に応じて比例按分し、それぞれ損害の一部に充当した。

(七) よって、乙事件被告ら各自に対し、乙事件原告渡部由紀子は亡渡部の逸失利益及び慰藉料に関する相続分、固有の慰藉料、葬祭費並びに弁護士費用の合計額から前記弁済金等を控除した金一九〇二万八九三五円、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実はそれぞれ亡渡部の逸失利益及び慰藉料に関する相続分、固有の慰藉料並びに弁護士費用の合計額から前記各弁済金等を控除した各金一八〇〇万八四三四円、乙事件原告渡部ウメノは固有の慰藉料及び弁護士費用の合計額金一一〇万円、及び右各金員からそれぞれの弁護士費用を除いた、乙事件原告渡部由紀子については金一七三二万八九三五円に対する、乙事件原告渡部陽子及び渡部真実についてはそれぞれ金一六四〇万八四三四円に対する、乙事件原告渡部ウメノについては金一〇〇万円に対する、本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  請求原因に対する乙事件被告らの認否

(一) 請求原因(一)項について

(1) 被告伊藤

認める。

(2) 被告テイオン

答弁書を提出しただけで口頭弁論期日に出頭せず、認否を行わない。

(3) 被告センター

知らない。

(4) 被告造船所

認める。

(5) 被告公社

知らない。

(二) 同(二)項について

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(二)と同一であるから、これを引用する。

(三) 同(三)項について

(1) 被告伊藤

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

(1)の事実のうち、亡渡部が丙事件被告岩浪の従業員であったこと、亡渡部が丙事件被告岩浪から、被告センターが請負った栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事するよう命じられ、右作業に従事していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実は認める。

(4) 被告造船所

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(5) 被告公社

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(四) 同(四)項について

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(四)と同一であるから、これを引用する。

(五) 同(五)項について

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(五)と同一であるから、これを引用する。

(六) 同(六)項について

(1) 被告伊藤

(1)の事実のうち、亡渡部が死亡時満三一歳であったことは認めるが、その余の事実は否認する。(2)ないし(4)の事実は否認する。(5)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

2の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

全部知らない。

(4) 被告造船所

(1)ないし(4)の事実は否認する。(5)の事実は認める。

(5) 被告公社

全部否認する。

三  丙事件

1  丙事件被告岩浪の本案前の抗弁

丙事件被告岩浪は、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツとの間で、昭和五五年二月七日、訴外亡渡邉誠(以下「亡渡邉)という。)の死亡に関して、丙事件被告岩浪は右原告らに対し金五〇〇万円を支払うことを約し、右原告らは丙事件被告岩浪に対し、裁判上右金員以外の金員の請求をしないことを約した。したがって、右原告らの丙事件被告岩浪に対する本訴主位的請求は、不起訴の合意に反する不適法な訴えである。

2  本案前の抗弁に対する丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの認否

丙事件被告岩浪が丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対し、昭和五五年二月七日、亡渡邉の死亡に関して金五〇〇万円を支払うことを約束したことは認めるが、その余の事実は否認する。

3  丙事件原告らの請求原因

(一) 丙事件原告らと訴外亡森田均及び亡渡邉との関係

(1) 丙事件原告森田五郎は訴外亡森田均(以下「亡森田」という。)の実父、同森田孝は亡森田の実母である。

(2) 丙事件原告渡邉孝は亡渡邉の実父、同渡邉ミツは亡渡邉の実母である。

(二) 丙事件被告ら相互の関係

左記(4)を加える他、一の1(甲事件原告ら請求原因)の(二)の(1)ないし(3)と同一であるから、これを引用する。

(4) 被告センターは、栄久丸の機関関係の整備点検作業にあたり、丙事件被告新協及び丙事件被告岩浪に対し、右作業を補助または担当するための作業員の派遣を依頼し、右被告らはそれぞれこれを受諾した。

(三) 本件事故の発生

(1) 亡森田は丙事件被告新協の従業員であり、亡渡邉は丙事件被告岩浪の従業員であったが、いずれも使用者である右各被告から、被告センターが請負った栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事するよう命じられ、同被告の指揮の下に、同被告の従業員と共同して右作業に従事していた。

(2) 亡森田及び亡渡邉は、昭和五四年一〇月三一日午後五時頃、栄久丸の船底部にある機関室においてエンジン部分の点検作業に従事していたところ、冷凍用コンデンサーから噴出したアンモニアガスが船内に充満し、亡森田はアンモニアガス吸入による中毒により、亡渡邉はアンモニアガス吸入による呼吸不全により、いずれもその頃死亡した。

(四) 本件事故の原因

一の1(甲事件原告らの請求原因)の(四)の(1)及び(2)と同一であるから、これを引用する。

(五) 丙事件被告らの責任

一の1(甲事件原告らの請求原因)の(五)の(5)と(6)との間に左記(7)及び(8)を加える他、同(五)の(1)ないし(6)と同一であるから、これを引用する。

(7) 丙事件被告新協の責任

(ア) 安全配慮義務違反による債務不履行責任

丙事件被告新協は、亡森田の雇用主であったから、同人に対し労働契約上の安全配慮義務を負担しているものである。したがって、丙事件被告新協は、亡森田に対し、栄久丸の整備点検作業に関して作業内容、作業環境、作業現場における安全管理上の人的体制等を確認し、労働災害に対する安全を保障すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、被告センターの依頼を受けた後全く栄久丸の整備点検作業に関して作業内容、作業環境及び作業現場等を確認することをせず、漫然と亡森田を派遣し、本件事故を招いた。

よって、丙事件被告新協は民法四一五条により損害賠償責任を負う。

(イ) 不法行為責任

丙事件被告新協は、被告センターの依頼を受けて亡森田を栄久丸の機関関係の整備点検作業に派遣させるにあたっては、派遣先の作業内容、作業環境、作業現場の安全管理上の人的体制等の確認または作業現場の安全を確保した上で派遣すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と亡森田を派遣させた過失により、本件事故が生じた。

よって、丙事件被告新協は民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(8) 丙事件被告岩浪の責任

(ア) 安全配慮義務違反による債務不履行責任

丙事件被告岩浪は、亡渡邉の雇用主であったから、同人に対し、労働契約上の安全配慮義務を負担しているものである。したがって、丙事件被告岩浪は、亡渡邉に対し、栄久丸の整備点検作業に関して作業内容、作業環境、作業現場における安全管理上の人的体制等を確認し、労働災害に対する安全を保障すべき義務を負っていたにもかかわらず、これを怠り、被告センターの依頼を受けた後全く栄久丸の整備点検作業に関して作業内容、作業環境及び作業現場等を確認することをせず、漫然と亡渡邉を派遣し、本件事故を招いた。

よって、丙事件被告岩浪は民法四一五条により損害賠償責任を負う。

(イ) 不法行為責任

丙事件被告岩浪は、被告センターの依頼を受けて亡渡邉を栄久丸の機関関係の整備点検作業に派遣させるにあたっては、派遣先の作業内容、作業環境、作業現場の安全管理上の人的体制等の確認または作業現場の安全を確保した上で派遣すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と亡渡邉を派遣させた過失により、本件事故が生じた。

よって、丙事件被告岩浪は民法七〇九条により損害賠償責任を負う。

(1) 亡渡邉の逸失利益

亡渡邉は死亡時満一九歳であり、本件事故で死亡しなければ満六七歳まで就労できるものであるところ、二〇歳から二五歳までの逸失利益については、二〇歳の男子平均月収額が金一二万八〇〇〇円であり、生活費として三分の一の割合を控除し、ホフマン式計算(ホフマン係数四・三六四)によりその現在額を算出すると金四四六万八七三六円となり、次いで二五歳から六七歳までの逸失利益については、二五歳の男子平均月収額が金一八万七六〇〇円であり、生活費として三分の一の割合を控除し、ホフマン式計算(ホフマン係数一八・九九二)によりその現在額を算出すると金二八五〇万三一九三円となり、以上の合計は金三二九七万一九二九円となる。

(2) 慰藉料

亡渡邉は本件事故により死亡したものであるが、これにより受けた精神的苦痛を慰藉するには金銭に見積もると金二〇〇〇万円が相当である。

(3) 葬祭費

丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、亡渡邉の葬祭費として金二〇〇万円を要した。

(4) 弁護士費用

丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、本件訴訟の提起、追行を丙事件原告ら訴訟代理人に依頼し、手数料及び報酬としてそれぞれ金二三五万円の支払を約した。

(5) 弁済等

(六) 丙事件原告森田五郎及び同森田孝の損害

(1) 亡森田の逸失利益

亡森田は死亡時満二五歳であり、二五歳の男子平均月収額は金一八万七六〇〇円である。亡森田が本件事故で死亡しなければ今後四二年間就労することができるものであるところ、生活費として三分の一の割合を控除し、ホフマン式計算(ホフマン係数二二・二九三)により亡森田の逸失利益の現在額を算出すると金三三四五万七三三四円となる。

(2) 慰藉料

亡森田は本件事故により死亡したものであるが、これにより受けた精神的苦痛を慰藉するには金銭に見積もると金二〇〇〇万円が相当である。

(3) 葬祭費

丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、亡森田の葬祭費として金二〇〇万円を要した。

(4) 弁護士費用

丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、本件訴訟の提起、追行を丙事件原告ら訴訟代理人に依頼し、手数料及び報酬としてそれぞれ金二三五万円の支払を約した。

(5) 弁済等

丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、丙事件被告らから合計金七五四万三三五四円の支払を受け、それぞれ金三三七万一六七七円を各自の損害の一部に充当した。

(七) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの損害

丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、丙事件被告らから合計金三三六万六八八〇円の支払を受け、それぞれ金一六八万三四四〇円を各自の損害の一部に充当した。

(八) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの丙事件被告岩浪に対する予備的請求原因

丙事件被告岩浪は、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対し、本件事故に関する弔慰金として総額金五〇〇万円(各金二五〇万円宛)を次のとおり分割して支払うことを約した(以下「本件支払約束」という。)。

(1) 昭和五四年一二月中に支払われた金三〇万円を弔慰金の一部として充当する。

(2) 残金四七〇万円については、昭和五五年から昭和五九年まで各年の六月末日及び一二月末日を期日としてそれぞれ金五〇万円宛(但し、昭和五九年一二月末日は金二〇万円)支払う。

(九) よって、

(1) 丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、丙事件被告各自に対し、それぞれ亡森田の逸失利益及び慰藉料に関する相続分、葬祭費並びに弁護士費用の合計額から前記弁済金等を控除した金二六三〇万六九九〇円(但し、弁護士費用は全額含む。)、及び右金員から弁護士費用を除いた金二三九五万六九九〇円に対する本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(2) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、丙事件被告各自に対し、それぞれ亡渡邉の逸失利益及び慰藉料に関する相続分、葬祭費並びに弁護士費用の合計額から前記弁済金等を控除した金二八一五万二五二四円の内金二五九一万八一五六円(但し、弁護士費用は全額含む。)、及び右金員から弁護士費用を除いた金二三五六万八一五六円に対する本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(3) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、予備的に丙事件被告岩浪に対し、本件支払約束に基づき、それぞれ既に支払を受けた金四〇万円を控除した金二一〇万円及びこれに対する最終弁済期日の翌日である昭和六〇年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  請求原因に対する丙事件被告らの認否

(一) 請求原因(一)項について

(1) 被告伊藤

全部認める。

(2) 被告テイオン

答弁書を提出しただけで口頭弁論期日に出頭せず、認否を行わない。

(3) 被告センター

全部知らない。

(4) 被告造船所

全部認める。

(5) 被告公社

全部知らない。

(6) 丙事件被告新協

(1)の事実は認める。(2)の事実は知らない。

(7) 丙事件被告岩浪

全部知らない。

(二) 同(二)項について

(1) 被告伊藤

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(二)の(1)と同一であるから、これを引用する。

(4)の事実は知らない。

(2) 被告テイオン

4の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

一の(2)(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(二)の(3)と同一であるから、これを引用する。

(4)の事実は否認する。

(4) 被告造船所

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(二)の(4)と同一であるから、これを引用する。

(4)の事実は知らない。

(5) 被告公社

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(二)の(5)と同一であるから、これを引用する。

(4)の事実は知らない。

(6) 丙事件被告新協

(1)ないし(3)の事実は知らない。

(4)の事実のうち、被告センターが栄久丸の機関関係の整備点検作業にあたり、丙事件被告新協に対し、右作業を補助または担当するための作業員の派遣を依頼し、丙事件被告新協がこれを受諾したことは認めるが、その余の事実は知らない。

(7) 丙事件被告岩浪

(1)ないし(3)の事実は知らない。

(4)の事実のうち、被告センターが栄久丸の機関関係の整備点検作業にあたり、丙事件被告岩浪に対し、右作業を補助または担当するための作業員の派遣を依頼し、丙事件被告岩浪がこれを受諾したことは認めるがその余の事実は知らない。

(三) 同(三)項について

(1) 被告伊藤

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(2) 被告テイオン

4の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

(1)の事実のうち、亡森田及び亡渡邉が栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事していたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)の事実は認める。

(4) 被告造船所

(1)及び(2)の事実は認める。

(5) 被告公社

(1)の事実は知らない。(2)の事実は認める。

(6) 丙事件被告新協

(1)及び(2)の事実のうち、亡渡邉に関する部分を除き認める。亡渡邉に関する部分の事実は知らない。

(7) 丙事件被告岩浪

(1)及び(2)の事実のうち、亡森田に関する部分を除き認める。亡森田に関する部分の事実は知らない。

(四) 同(四)項について

(1) 被告伊藤、同テイオン、同センター、同造船所及び同公社

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(四)と同一であるから、これを引用する。

(2) 丙事件被告新協

全部知らない。

(3) 丙事件被告岩浪

全部知らない。

(五) 同(五)項について

(1) 被告伊藤、同テイオン、同センター、同造船所及び同公社

一の2(請求原因に対する甲事件被告らの認否)の(五)と同一であるから、これを引用する。

(2) 丙事件被告新協

(7)の(ア)の事実のうち、丙事件被告新協が亡森田の雇用主であったことは認めるが、その余の事実は否認する。(イ)の事実は否認する。

(6)の事実は否認する。

(主張)

丙事件被告新協は、亡森田を被告センターに在籍出向として派遣したものである。出向社員については出向元と出向先の両者との間で使用従属関係が認められ、労働契約が二重に成立するものであるところ、出向社員に対する労働契約上の安全配慮義務は、第一次的に出向社員に対する労働関係上の指揮命令権の現実の帰属者である出向先において負担すべきものである。出向元は、出向期間中の出向社員に対して現実に出向先の仕事に関する指揮命令権の発動は不可能であり、せいぜい出向先との出向契約に際し、出向社員の経験、技能等の素質を考慮し、出向先の労働環境の安全を配慮することしかできないものである。そして、出向元は、出向契約の際、出向先の業務内容、作業環境に応じて通常起こり得る危険について安全配慮を行えば、出向後に発生した危険については、出向元がその危険について知り得る場合を除き現実的具体的に出向社員に対し安全を守る義務を生ずるものではない。

本件については、出向先である被告センターにおいて安全配慮義務は尽くされており、また、丙事件被告新協においても、長年に亘って船舶用内燃機関の修理、整備等の業務にたずさわってきていることから、同被告の従業員に対して船舶の修理、整備に関する一般的安全教育は周知徹底させており、更に亡森田を被告センターに出向させるにあたっても、被告センターとの間で作業内容等の打ち合わせを行い、本件以前に栄久丸の仕事をしたことがあったこともあって作業船の安全性を確知していたものであり、亡森田に対する安全配慮義務は十分に尽くしていた。

本件事故は、丙事件被告新協及び亡森田が出向していた被告センターの全く関与しない他の会社の作業が原因で発生した事故であり、丙事件被告新協は右の作業の内容、作業時間について事前に了知しておらず、または了知し得なかったものであるから、本件事故発生の危険について予見可能性及び回避可能性はなかったものである。仮に、丙事件被告新協に労働契約上の安全配慮義務違反があったとしても、右違反の有無にかかわらず本件事故は発生したものであるから、これと丙事件原告森田五郎及び同森田孝の損害との間に相当因果関係はない。

(3) 丙事件被告岩浪

(8)の(ア)の事実のうち、丙事件被告岩浪が亡渡邉の雇用主であったことは認めるが、その余の事実は否認する。(イ)の事実は否認する。

(6)の事実は否認する。

(主張)

丙事件被告岩浪の主張は、右(2)の丙事件被告新協の主張中、「丙事件被告新協」とあるのを「丙事件被告岩浪」と、「亡森田」とあるのを「亡渡邉」と、「丙事件原告森田五郎及び同森田孝」とあるのを「丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツ」と変更する外同一であるので、これを引用する。

(六) 同(六)項について

(1) 被告伊藤

全部否認する。

(2) 被告テイオン

4の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

全部知らない。

(4) 被告造船所

全部否認する。

(5) 被告公社

全部否認する。

(6) 丙事件被告新協

(1)の事実のうち、亡森田が死亡時満二五歳であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2)ないし(4)の事実は否認する。

(5)の事実は認める。

(七) 同(七)項について

(1) 被告伊藤

全部否認する。

(2) 被告テイオン

4の(一)の(2)のとおり。

(3) 被告センター

全部知らない。

(4) 被告造船所

全部否認する。

(5) 被告公社

全部否認する。

(6) 丙事件被告岩浪

(1)の事実のうち、亡渡邉が死亡時満一九歳であったことは認めるが、その余の事実は否認する。なお、亡渡邉の昭和五三年一一月から昭和五四年一〇月までの一年間の収入は金一三一万九七九四円であった。

(2)ないし(4)の事実は否認する。

(八) 同(八)項について

丙事件被告岩浪

全部認める。

5  抗弁

(一) 丙事件被告新協の抗弁

損益相殺

丙事件被告新協は、丙事件原告森田五郎及び同森田孝に対し、本件事故に関して金五〇〇万円を支払ったから、右金額は右原告らの損害額から控除すべきである。

(二) 丙事件被告岩浪の抗弁

(1) 損益相殺

丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、本件事故に関して次のとおり合計金六九三万七〇〇〇円を受領したのであるから、右金額は右原告らの損害額から控除すべきである。

(ア) 労災保険一時金 金二〇〇万円

(イ) 遺族補償年金 金三六〇万円

(ウ) 退職金 金三万円

(エ) 就学援護費(昭和五四年一一月から昭和五九年二月まで毎月金四五〇〇円) 合計金二三万四〇〇〇円

(オ) 弔慰金 金八〇万円

(カ) 葬祭費 金二七万三〇〇〇円

(2) 予備的請求原因に対する抗弁

(ア) 丙事件被告岩浪は、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツとの間で、本件支払約束につき、右丙事件原告らが右被告に対し、亡渡邉の死亡に関して本件支払約束における金五〇〇万円を超える金員の請求をすることを解除条件とする旨約した。

(イ) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、丙事件被告岩浪に対し、本件支払約束における金五〇〇万円を超える金員の損害賠償請求として本訴請求を行った。

6  抗弁に対する丙事件原告らの認否

(一) 丙事件原告森田五郎及び同森田孝

抗弁(一)項について

三の1(丙事件原告らの請求原因)の(六)の(5)のとおり、丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、丙事件被告新協の主張する支払金員を控除した損害額の支払を請求しているものである。

(二) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツ

(1) 抗弁(二)項の(1)について

三の1(丙事件原告らの請求原因)の(七)の(5)のとおり合計金三三六万六八八〇円の金員を受領したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2) 同項の(2)について

(ア)の事実は否認する。(イ)の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの丙事件被告岩浪に対する主位的請求に対する本案前の抗弁について

丙事件被告岩浪が、昭和五五年二月七日、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対し、亡渡邉の死亡に関して金五〇〇万円を支払うことを約束したことは、右当事者間に争いがないが、右支払約束に関連して、右丙事件原告らが丙事件被告岩浪に対し、裁判上右支払約束にかかる金五〇〇万円以外の金員の請求をしない旨の合意が成立したことは、本件全証拠によっても認めることができない。

したがって、丙事件被告岩浪の本案前の抗弁は理由がない。

第二本案について

一  原告らについて

1  甲事件原告らと亡船山との関係

甲事件原告船山朋子は亡船山の妻、同船山朋美は亡船山の長女、同船山幸恵は亡船山の次女、同船山辰弥は亡船山の実父、同船山しかは亡船山の実母であることは、甲事件原告らと被告伊藤及び同造船所との間において争いがなく、甲事件原告らとその余の甲事件被告らとの間においては、甲事件原告船山朋子本人尋問の結果により認めることができる。

2  乙事件原告らと亡渡部との関係

乙事件原告渡部由紀子は亡渡部の妻、同渡部陽子は亡渡部の長女、同渡部真実は亡渡部の次女、同渡部ウメノは亡渡部の実母であることは、乙事件原告らと被告伊藤及び同造船所との間において争いがなく、乙事件原告らとその余の乙事件被告らとの間においては、(証拠略)並びに乙事件原告渡部由紀子本人尋問の結果により認めることができる。

3  丙事件原告森田五郎及び同森田孝と亡森田との関係

丙事件原告森田五郎は亡森田の実父、同森田孝は亡森田の実母であることは、丙事件原告森田五郎及び同森田孝と被告伊藤、同造船所及び丙事件被告新協との間において争いがなく、右丙事件原告らとその余の丙事件被告らとの間においては、(証拠略)並びに丙事件原告森田五郎本人尋問の結果により認めることができる。

4  丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツと亡渡邉との関係

丙事件原告渡邉孝は亡渡邉の実父、同渡邉ミツは亡渡邉の実母であることは、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツと被告伊藤及び同造船所との間において争いがなく、右丙事件原告らとその余の丙事件被告らとの間においては、(証拠略)並びに丙事件原告渡邉孝本人尋問の結果により認めることができる。

三  甲、乙及び丙各事件に共通する事実に関する判断

1  被告ら相互の関係について

(一) (証拠略)によれば、以下(1)ないし(11)の事実が認められる。

(1) 被告公社は、漁業、水産物の製造及び仕入販売等を目的として昭和三八年に設立された株式会社であり、昭和五四年一〇月頃の社員数は、役員が三人、一般社員が三人であり、漁業用船舶である栄久丸(三五九・一トン)及び第三栄久丸(九六トン)を保有していた。右各漁船の乗組員は被告公社の社員ではなく、個々に同被告との間で雇入契約を締結して雇用されるもので、船長、漁労長、機関長、通信長の幹部乗組員については特段の事情がない限り雇用関係が継続されるが、その他の乗組員は一漁期毎に右契約が締結(更新)されている。(但し、被告公社が栄久丸を所有していることは、原告らと被告伊藤、同造船所及び同公社との間において争いがない。)

(2) 被告造船所は、船舶の製造及び修理、船舶造修資材の生産及び販売を目的として昭和二五年に設立された株式会社であり、秋田県酒田市入船町六番二二号に船渠を所有している。(但し、被告造船所が右住所地に船渠を所有していることは、原告らと被告伊藤、同造船所及び同公社との間において争いがない。)

(3) 被告センターは、船舶の機関等の検査工事及び修理工事を主たる目的として昭和四五年に設立された有限会社であり、昭和五四年一〇月頃の社員数は、役員が三人、一般社員(臨時社員を含める。)が八人位であった。

(4) 被告テイオンは、冷凍装置の設置及び修理等を目的として昭和五二年に設立された株式会社であり、昭和五五年二月頃の社員数は、役員(非常勤役員を含む。)が三人、一般社員が四人であった。

(5) 被告伊藤は、第二次大戦後漁船の乗組員となり、昭和二六年に丙種機関士(昭和五七年法律第三九号による改正前の船舶職員法における資格、以下同じ。)、昭和二九年に乙種機関士、昭和四二年に乙種機関長の資格を各取得し、昭和五三年一月まで主として機関長として漁船に乗り組んでいた。被告伊藤は、昭和五三年一月頃、漁船乗組員を辞め、同年一二月から被告テイオンの臨時社員として雇用され、昭和五四年六月から正社員となり、冷凍装置の修理点検作業等に従事してきた。(但し、被告伊藤が被告テイオンの従業員であることは、原告らと被告伊藤、同造船所及び同公社との間において争いがない。)

(6) 丙事件被告新協は、主として船舶用機関の整備を目的として昭和四二年に設立された株式会社であり、昭和五四年頃の従業員数は約二六人であった。

(7) 丙事件被告岩浪は、船舶用内燃機関の修理、販売等を目的として設立された株式会社であり、昭和五四年頃の従業員数は約二五人であった。

(8) 被告公社は、北洋でのずわいがに漁を終えた栄久丸を昭和五四年一〇月一一日から酒田港に停泊させ、その頃被告センターに対し、栄久丸の機関の一般整備を発注し、被告センターはこれを請け負い、同月一五日頃から右作業にとりかかった。被告公社は、栄久丸を同年一一月頃から昭和五五年五月頃までの間ニュージーランド方面でいか釣り漁に出漁させる予定であったところ、右の出漁期間中である同年四月に船舶安全法五条、一〇条に定める四年に一回行なわなければならない栄久丸の定期検査の期日が到来することから急きょ定期検査の実施を繰り上げることを決定し、昭和五四年一〇月二〇日頃、被告造船所に対して、定期検査を受けるための栄久丸の上架、船舶安全法施行規則二四条に定める定期検査を受ける準備事項中二の機関に関する準備を除くその余の準備事項、艤装、錨のチェーン点検、チェーンロッカーの清掃及び特別注文として船尾ブルワークのかさ上げを発注し、同月二二日頃、被告センターに対して、機関に関する定期検査の準備事項及び主機、補機、集漁灯エンジン、動力伝達装置等の整備点検を発注し、右各被告は右各作業をそれぞれ請け負った。また、被告公社は、定期検査とは別に前記いか釣り漁の準備として、同月一〇日頃、被告テイオンに対して栄久丸の冷凍装置の整備点検を発注し、同被告はこれを請け負った。なお、右の各発注にかかる具体的な作業事項は、栄久丸の機関長であった丸山が特定し、被告公社の決裁を受けた上各請負業者に伝達された。

(9) 被告センターは、昭和五四年一〇月二二日頃栄久丸の機関関係の整備点検を請け負ったが、その期限を同年一一月一五日と定められたため、同被告の従業員だけでは右期限に間に合わないおそれがあったことから、作業員の増員を決め、丙事件被告岩浪に対して同年一〇月二三日頃、丙事件被告新協に対して同月二四日頃、それぞれ機関関係の整備点検作業を行える作業員の派遣を依頼した。丙事件被告岩浪及び同新協は、右当時、いずれも自社で請負っていた工事を別に持っており、これに従事していたため、一旦は被告センターの右依頼を断ったが、再度依頼を受け、それぞれ同月二九日から一週間ないし一〇日間の期間各三人の作業員を被告センターに派遣することを受諾した。そして、丙事件被告岩浪からは亡渡部、亡渡邉及び土屋某が、丙事件被告新協からは同月二九日と同月三〇日は亡森田、薄田登及び小杉良弘が、同月三一日は小杉良弘に替わって亡船山が、それぞれ派遣された。なお、派遣作業員の賃金は、被告センターから直接派遣作業員に支払われるのではなく、丙事件被告岩浪及び同新協にまとめて支払われ、派遣作業員には各雇用主である右各被告から出張費等が加算された給与が支払われることになっていた。(但し、被告センターが丙事件被告新協に対して機関関係の整備点検作業を行える作業員の派遣を依頼し、同被告がこれを受諾したことは、丙事件原告らと同被告との間において争いがなく、被告センターが丙事件被告岩浪に対し機関関係の整備点検作業を行える作業員の派遣を依頼し、同被告がこれを受諾したことは、丙事件原告らと同被告との間において争いがない。)

(10) 栄久丸は、昭和五四年一〇月二六日頃被告造船所の船渠に上架され、被告造船所及び同センターはそれぞれその頃、前記請け負った作業にとりかかった。被告センターは、取締役兼工場長であった青山を現場責任者とし、同人の指揮により、主機関係の作業に被告センターの従業員を、補機関係の作業に丙事件被告新協からの派遣作業員を、船底部における舵、プロペラシャフト関係の作業に丙事件被告岩浪からの派遣作業員を各割り当て、作業を進めた。

(11) 被告テイオンは、昭和五四年一〇月一一日頃、同被告の工務次長菅原辰夫を酒田に出張させ、丸山との間で冷凍装置関係の整備点検事項の打ち合わせを行い、圧縮機三台のオーバーホール、オイルセパレーターのバンドの固定、冷凍庫の電磁弁コイルの交換、レシーバー、オイルセパレーター及びアキュームレーター内の油抜き、漁艙及び凍結庫のパイプライン内の油抜き、コンデンサー三台の冷却用海水チューブの清掃及び防蝕亜鉛板の交換、冷凍機の冷却ホースの交換、以上の作業を行うことが決められた。

(12) 以上(1)ないし(11)の事実が認定できる。ところで被告センター代表者青山吉作本人尋問の結果(第一、二回)中に、被告センターは被告造船所から栄久丸の機関関係の整備点検作業を下請した旨の供述部分があるが、その根拠としては、被告公社から注文を受けた場合にはすべて被告造船所を通して注文を受けた取り扱いにするよう被告公社より指示されていたことから、右作業についても、被告公社から直接注文を受けたものであったが被告造船所から下請したものとして取り扱っているというものであるにすぎず、他方、右作業の打ち合わせはすべて被告センターと被告公社との間で行われた旨供述していることからしても、被告造船所から被告センターに対する右作業の下請契約の申込すらないことが窺われるので、被告センター代表者青山吉作の前記供述部分は採用できない。(被告センターは、被告造船所から栄久丸の機関関係の整備点検作業を下請したことを認めて争わないが、被告造船所の関係においては前記認定事実に基づきその責任を判断する。)また、同本人尋問の結果中に、被告センターは丙事件被告新協に対し補機関係の整備点検作業を、丙事件被告岩浪に対し船底部関係の整備点検作業を、それぞれ下請に出した旨供述するが、(人証略)、丙事件被告岩浪代表者岩浪紀夫本人尋問の結果に照らし採用できず、その他、右(1)ないし(11)の認定事実を覆すに足りる証拠はない。

(二) 右認定事実によれば、被告公社は、栄久丸の定期検査及び出漁前の整備点検等につき、船体関係の整備点検及び上架等を被告造船所に、機関関係の整備点検を被告センターに、冷凍装置の整備点検を被告テイオンにそれぞれ分割して発注し、右被告らはそれぞれ発注にかかる作業を請け負ったこと、被告センターは、同被告が請け負った機関関係の整備点検作業につき、丙事件被告新協及び同岩浪に対しそれぞれ作業員の派遣を依頼し、右丙事件被告らはそれぞれ各三人の作業員を被告センターの業務に従事させるために派遣したことが認められる。ところで、右丙事件被告らの作業員の派遣は、単に被告センターの作業について人手不足を補充するために行われた作業員の派遣依頼によるものであると認められるから、特定の仕事の完成を内容とする請負契約であると認定することはできず、右丙事件被告らからの派遣従業員と右丙事件被告ら及び被告センターとの関係は、被告センターとの間で新たに雇用契約を締結することなく、同被告の指揮命令の下にその業務に従事することが右丙事件被告らへの労務の給付になることに鑑みると、いわゆる在籍出向社員類似の立場にあるものというのが相当である。

2  本件事故発生に至るまでの経緯について

(証拠略)によれば、以下(一)ないし(五)の事実が認められる。

(一) 被告テイオンは、被告公社から請け負った冷凍装置の整備点検作業のうち、コンデンサーの冷却用海水チューブの清掃及び防蝕亜鉛板の交換を除くその余の作業を下請に出し、下請業者の作業は昭和五四年一一月に入ってからとりかかることになった。被告テイオンは、同年一〇月二九日、被告伊藤に対し、自社で行う予定のコンデンサーの冷却用海水チューブの清掃等の準備として、コンデンサーの側板を外し、冷却用海水チューブから水抜きを行い、防蝕亜鉛板の数、形状の調査をする業務を命じ、被告伊藤は、同月三一日、被告テイオンの従業員倉松雅夫を伴って栄久丸に赴いた。

(二) 被告伊藤と倉松雅夫は、同年同月三一日午後四時三〇分頃、被告造船所の船渠に到着し、同被告の事務所に立ち寄らずに直接栄久丸に乗り込んだ。被告伊藤は、栄久丸の整備点検作業に立ち会っていた丸山と会い、同船の食堂でコンデンサーの清掃の準備と防蝕亜鉛板の調査に来たことを告げ、しばらくの間世間話をした。その際、丸山から冷凍機の調子について、圧縮機の潤滑油の消費量が激しく、回路内に相当量の油が貯留している旨の話があったが、右の状態について、丸山から点検や油抜きの指示は受けなかった。被告伊藤は丸山と約二〇分位話をした後、作業にとりかかるため丸山と一緒に機関室へ降りた。栄久丸の機関室は後部船底部にあり、同船後部の構造及び機関室内の設備の配置関係は別紙(略)一図のとおりである。ところで、右当時、中甲板から機関室に通じる左舷側タラップは、被告センターが同年三〇日から始めた作業に関連して集漁灯エンジンの機材等の重量物を搬入、移動するのに障害になることから、同日以降はずされており、機関室への出入は、主機関に付いている足場と主機関の上に敷かれた巾四〇ないし五〇センチメートル、長さ三メートルの板を階段の替わりに使用して行われていた。被告伊藤が機関室に降りた時、機関室内では被告センターの従業員である青山、五十嵐和俊、大宮荘六、斉藤俊夫、丙事件被告新協の従業員である亡船山、亡森田、薄田登、丙事件被告岩浪の従業員である亡渡部、亡渡邉、土屋某の合計一〇名が作業に従事しており、被告伊藤も機関室内に他の作業員がいることは承知していた。(但し、被告伊藤が機関室に降りた時、機関室内で亡船山が作業に従事していたことは、甲事件原告らと被告テイオンを除く甲事件被告らとの間において争いがなく、右当時、機関室内で亡渡部が作業に従事していたことは、乙事件原告らと被告テイオンを除く乙事件被告らとの間において争いがなく、右当時、機関室内で亡森田が作業に従事していたことは、丙事件原告らと被告テイオン及び丙事件被告岩浪を除く丙事件被告らとの間において争いがなく、右当時、機関室内で亡渡邉が作業に従事していたことは、丙事件原告らと被告テイオン及び丙事件被告新協を除く丙事件被告らとの間において争いがない。)

(三) 被告伊藤は、同年同月三一日午後四時五〇分頃、コンデンサーの側板のとり外し作業を始め、まず左舷側コンデンサーの側板の取り外しにとりかかったが、ボルトを緩める工具が合わず、倉松雅夫に被告テイオンから持参してきた工具を取りに行かせた。被告伊藤は、その間、丸山との話にあった冷凍装置内に油が溜まっていることを思い付き、コンデンサーの下部についているドレン抜き弁を右手で左まわしにして開けたところ黒っぽい油状の液体が流出してきたので、この機会にコンデンサーから油抜きをしようと考え、一度ドレン抜き弁を閉め、油受け用に二〇リットル入りの空缶を置き、再度ドレン抜き弁を開けて油抜き作業を始めたが、その際、油抜き作業を行うことを事前に丸山及びその他機関室内で作業していた者に知らせることはしなかった。被告伊藤がドレン抜き弁を開けると油状の液体が線状になって約四〇cc流出して止まったが、被告伊藤は以前機関長として漁船に乗り込んでいたときに行っていた油抜きの経験上、貯溜している油がドレン抜き弁につながるパイプの辺りで詰まることがよくあり、ドレン抜き弁を何回か開け閉めすると詰まっていた油が流れ出てくることがあったことから、ドレン抜き弁の開閉を数回繰り返したところ、突然ボンという音がしたと同時に、アンモニアガスが相当の勢いで噴出し始めた。被告伊藤は直ぐにドレン抜き弁を閉めようとしたが、完全に閉めることができず、アンモニアガスの噴出も止まらず、呼吸困難になったため、「逃げろ。」と呼びながら主機関を経て中甲板に上り船外へ逃げ出した。

(四) 丸山は、機関室に降りてから主として被告センターが行っていた作業を見ていたことから、被告伊藤の作業については、同被告が左舷コンデンサーの傍に立ち、「詰まっている。」と言ったのに対し、何げなく「詰まっているか。」と声を交わした以外全く見ていなかった。

(五) 左舷コンデンサーから噴出したアンモニアガスは短時間のうちに機関室内に充満し、機関室内で作業していた者のうち、亡森田はアンモニアガス吸入による中毒により、亡渡部及び亡渡邉はアンモニアガス吸入による呼吸不全によりいずれも昭和五四年一〇月三一日午後四時五〇分頃その場で死亡し、亡船山はアンモニアガス吸入による腐敗性肺炎に罹患し、同年一一月一〇日酒田市立病院において死亡し、青山は入院加療約四週間を要する両眼結膜腐蝕及び上気道の急性炎症、薄田登は加療約一か月を要するビラン性表層性角膜炎及び角膜上皮剥離の各傷害を負った。なお、被告伊藤自身も噴出したアンモニアガスが油受けの空缶にはね返って右手に当たり、右前腕腐蝕性皮膚炎の傷害を負った。(但し、亡船山が昭和五四年一一月一〇日酒田市立病院において死亡したことは、甲事件原告らと被告テイオンを除く甲事件被告らとの間において争いがなく、亡渡部が同年一〇月三一日午後五時五〇分頃機関室内でアンモニアガス吸入による呼吸不全により死亡したことは、乙事件原告らと被告テイオンを除く乙事件被告らとの間において争いがなく、亡森田が同日時頃機関室内でアンモニアガス吸入による中毒により死亡したことは、丙事件原告らと被告テイオン及び丙事件被告岩浪を除く丙事件被告らとの間において争いがなく、亡渡邉が同日時頃機関室内でアンモニアガス吸入による呼吸不全により死亡したことは、丙事件原告らと被告テイオン及び丙事件被告新協を除く丙事件被告らとの間において争いがない。)

(六) 以上(一)ないし(五)の事実が認定でき、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  本件事故当時の冷凍装置の構造及び状態について

(証拠略)によれば、以下(一)ないし(三)の事実が認められる。

(一) 栄久丸の冷凍装置はアンモニアを冷媒とするものであり、装置の概要は別紙二図のとおり三基の圧縮機、三基のコンデンサー、二基のレシーバーを備え付けたものである。この装置内には約一六〇〇キログラムのアンモニアを循環させており、アンモニアの循環経路及び状態は次のとおりである。圧縮機により低温部において熱を吸収して蒸発気化したアンモニアガスを回収して液化できる程度にまで圧縮し、圧縮機で圧縮された高温、高圧のアンモニアガスをコンデンサーにおいて海水で冷却して液化させレシーバーに貯留させる。レシーバーから漁艙に液化アンモニアを送り、膨張弁で高圧の液化アンモニアが気化し得る圧力まで減圧し、減圧された液化アンモニアは漁艙内の冷却コイル内で蒸発気化し、その気化熱により漁艙を冷却する。冷却コイルに入った液化アンモニアの内、気化しなかった液化アンモニアはアキュームレーターでアンモニアガスと分離され、再度冷却コイルに送られる。気化したアンモニアガスは再び圧縮機に回収される。以上の循環が繰り返されることになる。右循環経路中圧縮機のピストンに潤滑油が使用されており、圧縮機の運転により潤滑油がアンモニアガスと混じり、冷凍装置の回路内を回ることがある。回路内の潤滑油の大部分はオイルセパレーターで分離される仕組みになっているが、油抜き用のドレン抜き弁が別途付設されている装置もある。栄久丸の冷凍装置には、レシーバー、コンデンサー、オイルセパレーター、リキットラップ及びアキュームレーターにそれぞれドレン抜き弁が付設されている。機関室内の冷凍装置の配置関係は別紙三図のとおりであり、左舷側コンデンサーの構造は別紙四図のとおりであり、同コンデンサーのドレン抜き弁の構造、形状は別紙五図のとおりである。(但し、栄久丸の冷凍装置がアンモニアを使用したものであることは、原告らと被告テイオンを除く被告らとの間において争いがない。)

(二) 本件事故当時、冷凍装置の弁の開閉状態は次のとおりであった。左舷側及び右舷側のコンデンサーの各気化ガス入口弁、均圧弁、液化ガス出口弁、不凝縮ガス放出弁及び安全弁並びに中甲板のコンデンサーの液化ガス出口弁、均圧弁、不凝縮ガス放出弁及び安全弁は開の状態、中甲板のコンデンサーの気化ガス入口弁は閉の状態、レシーバーは二基とも液化ガス入口弁、液化ガス出口弁及び均圧弁は開の状態、膨張弁ヘッダーの元弁は開の状態、膨張弁は閉の状態、圧縮機は三基とも気化ガス出口弁は閉の状態、オイルセパレーターの気化ガス入口弁は開の状態であった。昭和五四年一〇月一二日午前一〇時における圧縮機内のアンモニアガスの圧力は一平方センチメートル当たり一一・七キログラムであり、これから本件事故当時は一平方センチメートル当たり約一〇キログラムと推定されるところ、本件事故後の同年一一月八日午後一時五〇分には一平方センチメートル当たり六・一キログラムに下がっていた。また、本件事故当時の左舷側コンデンサー内のアンモニアガスの圧力は一平方センチメートル当たり約七キログラムであった。

(三) 右(一)及び(二)の状態において左舷側コンデンサーのドレン抜き弁を開放状態にすると、右コンデンサーと圧縮機までの回路内のアンモニアガス、三基のコンデンサー内のアンモニアガス、二基のレシーバー内の液化アンモニア、レシーバーから膨張弁ヘッダーパイプを経て膨張弁までの回路内の液化アンモニアが放出されることになり、右の回路内のアンモニアの量は栄久丸の冷凍装置内のアンモニア総量の約八割に相当すると推計される。

(四) 以上(一)ないし(三)の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  被告らの責任について

1  被告伊藤の不法行為責任について

(一) (証拠略)並びに弁論の全趣旨によれば、アンモニアは人体に接触すると炎症を起こし、吸入した場合には呼吸困難または中毒等の危害を及ぼす化学物質であることが認められる。そして、このようなアンモニアの持つ性質上、アンモニアは大量漏えい事故防止対策を講ずべき特定化学物質として、労安衛法一四条に基づき同法施行令六条一八号、別表第三類物質の1に規定されており、アンモニアを取り扱う作業には労働省令で定める作業主任者を選任し、その者に当該作業に従事する労働者の指揮等を行うべきことが定められている。そして、労安衛法及び同法施行令の規定に基づき、並びに同法を実施するための特定化学物質等障害予防規則二二条には、事業者は特定化学物質等を製造し、取り扱い、若しくは貯蔵する設備または特定化学物質等を発生させる物を入れたタンク等で、当該特定化学物質が滞溜するおそれのあるものの改造、修理、清掃等で、これらの設備を分解する作業またはこれらの設備の内部に立ち入る作業を行うときになすべき措置を一〇項目にわたって規定している。

(二) (証拠略)によれば、コンデンサーから油抜きをする方法(他の冷凍装置内の回路から油抜きする場合も同じ。)には通常次の二方法が行われていること、その一つは、コンデンサー内部のアンモニアガスを全て放出(具体的には、コンデンサーの液化アンモニア出口弁を閉じ、レシーバーからコンデンサーに液化アンモニアが逆流しない措置をとり、次いで圧縮機のアンモニアガス入口弁を閉じ、アンモニアガス出口弁を開け、船外パージ弁を開き、コンデンサー、オイルセパレーター及び圧縮機の間の回路内にあるアンモニアガスを船外に放出する。)した後に油抜きを行う方法であり、他の一つは、コンデンサー内にアンモニアガスを貯留させたまま行う方法であるが、この場合にはアンモニアが水に良く溶ける性質を利用して、ドレン抜きパイプに耐圧ゴムホースをとりつけ、その先端を相当量の水の中に入れ、アンモニアガスの空気中への漏えいを防ぎ、アンモニアガスの圧力を利用してドレン抜き弁に溜まっている油を排出させる方法であるが、この方法の場合は、油が排出された後アンモニアガスが流出してきたところで直ちにドレン抜き弁を閉じる必要があること、被告伊藤は、機関長として漁船に乗り組んでいた当時、航海中に冷凍装置のレシーバー、オイルセパレーターまたはアキュームレーターのドレン抜き弁からアンモニアガスを貯留させたまま油抜き作業を相当回数行ったことがあるが、その油抜き作業の方法は、本件の場合と同じくドレン抜き弁のパイプの下に油受け用の空缶を置き、そのままの状態でドレン抜き弁を開け、油が排出された後アンモニアガスが流出し始めた瞬間にドレン抜き弁を閉めるという方法で行っていたこと、しかし、これまで一度もアンモニアガスが噴出したことはなかったこと、被告伊藤はコンデンサーのドレン抜き弁からの油抜き作業は本件が始めての経験であったが、それまでの油抜き作業と同じく、油が排出された後アンモニアガスが流出し始めた瞬間にドレン抜き弁を閉めれば危険はないものと気軽に考え、コンデンサー内のアンモニアガスの圧力等を全く考慮しないで油抜き作業を始めたこと、被告伊藤は前記のアンモニアガスの有毒性及び通常のドレン抜きの方法を知っていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 以上の認定事実によれば、アンモニアは人体に対する危険性が非常に高い物質であることが推認できる。このようなアンモニアの危険性及びアンモニアの漏えいに基づく災害防止措置のための各種規制事項が定められている前記各法令の趣旨に鑑みると、アンモニアの漏えいの危険性のある作業につく者においても、前記法令に定める作業主任者または事業者と並んで、または独自に、アンモニアの漏出を防止する措置をとりまたはアンモニアの漏出に備えて同一作業場所で働いている他の作業員に対しアンモニアの漏出の危険性のある作業につくことを知らせ、右作業中作業場所から退避させるか、防毒マスク等を携帯させる等の安全措置をとった上で作業を開始すべき注意義務があるというべきである。そして、前記認定の二つの方法による油抜きは、いずれもアンモニアの漏出を防ぐ手段を講じたものといえる。しかるに、被告伊藤は、右の油抜きの方法のいずれをも用いず、また、アンモニア漏出の危険性のある作業を行うに際し、同一作業場所に他の作業員がいたにもかかわらず、他の作業員に対し、事前に右作業を行うことを知らせることも、退避若しくは防毒マスク等の準備をさせることも全く行わずに、以前漁船に乗り組んでいた時にアンモニアガスの漏出防止措置をとらないで行っていた油抜きの方法を踏襲して漫然とドレン抜き弁を開ける方法により油抜き作業を始め、その結果右の作業中アンモニアガスを噴出せしめ、本件事故が生じたものであるから、被告伊藤には、油抜き作業において事前の安全措置を怠った過失がある。

(四) なお、被告伊藤は、ドレン抜き弁に予見不可能な夾雑物が詰まり、ドレン抜き弁が開閉不能になったものであり、そのような予見不可能な事態にあったドレン抜き弁の操作による油抜き作業であるから、被告伊藤には右作業中のアンモニアガスの噴出そのものについて過失がない旨主張するが、仮に、ドレン抜き弁が予見不可能な夾雑物の存在により開閉不能であったとしても、そのような突発的なアンモニアの漏出に備えて事前の安全措置をとることが求められているのであるから、右主張は失当である。

(五) したがって、その余の点について判断するまでもなく、被告伊藤は本件事故につき不法行為責任を負うものである。

2  被告テイオンの使用者責任について

被告伊藤が被告テイオンの従業員であること、被告伊藤は、被告テイオンから栄久丸のコンデンサーの冷却用海水チューブの清掃及び防蝕亜鉛板の交換の準備をするよう業務命令を受け、その作業の際に本件事故を生じさせたものであることは前記認定のとおりである。被告伊藤の油抜き作業は、被告テイオンが請け負った作業及び被告伊藤が受けた業務内容のいずれにも含まれていないものであったが、被告テイオンの請け負った冷凍装置の整備点検作業に関連して行われた作業であることが明らかであるから、被告伊藤の前記不法行為は被告テイオンの事業の執行につきなされたものというべきである。

したがって、被告テイオンは、被告伊藤の不法行為により加えた損害につき使用者責任を負うものである。

3  被告センターの責任について

(一) 使用者責任について

(1) (証拠略)によれば、青山は、昭和五四年一〇月二七日または二八日に、丸山から、被告テイオンが同月三〇日より冷凍装置の整備作業にとりかかるが、アンモニアガスを取り扱う作業は当分の間行わない旨の話を聞いていたこと、青山は、被告伊藤が同月三一日にコンデンサーから油抜き作業を行うことは全く知らず、また、同日、事前または右油抜き作業開始時に、被告伊藤及び丸山のいずれからも右作業の実施を知らされなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) (証拠略)によれば、左舷側のコンデンサーは長さ三メートル、直径七五センチメートルの円筒型のもので水平横置きに設置されており、その内部の構造は別紙四図のとおりアンモニアガスの循環回路部分とアンモニアガスを冷却する海水が流れる水洞部分からできており、右の二つの部分は全く別回路となっている。そして、防蝕亜鉛板は水洞部分に設置されている。コンデンサーの冷却用海水チューブの清掃作業は、海水を排出し、チューブ内の水あか等を清掃棒でとるというものであり、右の清掃及び防蝕亜鉛板の交換作業並びにその準備作業はいずれもアンモニアガスを直接扱うものではなく、鋳物製のチューブを破損しない限りアンモニアガスが漏出する危険の考えられない作業であることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(3) 被告センターの取締役工場長である青山は、同被告の請け負った栄久丸の機関関係の整備点検作業の現場責任者として右作業に従事し、同被告、丙事件被告新協及び同岩浪の各従業員を指揮していたものであるが右(1)の認定事実によれば、青山は本件事故当時、被告テイオンが冷凍装置の整備点検作業としてアンモニアガスを直接取り扱い、またはアンモニアガスが漏出する危険のある作業を行うことを知らされていなかったものであり、かつ、知らなかったことにつき責に帰せられるべき事由はなかったものというべきであるから、青山において同人が右作業が行われることを知っていたことを前提とした事故防止措置の懈怠がある旨の原告らの主張は理由がない。そして、右(2)の認定事実によれば、被告伊藤が本来行うべきであったコンデンサーの冷却用海水チューブの清掃等の準備作業はアンモニアガスが漏出する危険のないものであることも認められるところ、コンデンサーからの油抜き作業は元々被告テイオンの請け負っていない全く予定されていない作業であり、被告伊藤の思い付きから行われたものであって、それに伴う本件事故は、専ら被告伊藤の行為に起因する突発的な事故であるというべきであるから、本件事故につき予測不可能であった青山に対して現場責任者としてのその他の安全措置義務違反責任も問うことはできない。

(4) したがって、青山の不法行為を前提とする被告センターに対する使用者責任に基づく請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がない。

(二) 安全配慮義務違反による債務不履行責任について

(1) 亡船山及び亡森田は、被告センターに派遣された後も丙事件被告新協の従業員としての身分を維持し、亡渡部及び亡渡邉は、被告センターに派遣された後も丙事件被告岩浪の従業員としての身分を維持し、それぞれ各雇用主である右丙事件被告らから給与を支給されながら、被告センターの指揮命令に従って同被告の業務に従事していたものであるから、いわゆる在籍出向社員類似の地位にあったことは前記3の(二)で判示のとおりである。してみると、亡船山及び亡森田と丙事件被告新協及び被告センターとの間並びに亡渡部及び亡渡邉と丙事件被告岩浪及び被告センターとの間には、それぞれ使用従属の労働関係を発生せしめる契約関係としての労働契約が二重に成立しているものと認められる。

(2) ところで、使用者は、労働契約上の付随的義務として労務提供者に対し、労務給付のための場所、施設若しくは器具、機材の管理または労務管理にあたって、労働災害等の事故の発生を防止し、労務提供者の生命及び健康等を労務上の危険から保護するよう配慮すべき義務があると解せられる。但し、右の安全配慮義務は絶対的なものではなく、当該労務給付の内容から通常予測される危険について負担するものと考える。

(3) そこで、本件においてアンモニアガス漏出に対する被告センターの負うべき安全配慮義務の具体的内容について検討するに、被告センターの請け負った作業は栄久丸の船底部にある機関関係の整備点検であるが、機関室内にはアンモニアを冷媒とする冷凍装置の回路の一部及び配管が設置されていることに鑑みると、アンモニアの危険性を教え、右作業によって冷凍装置等を損傷させてアンモニアガスが漏出しないように作業をするよう指導し、アンモニアガスが漏出する非常事態に備え、避難方法を確保し、または防毒マスク等の備え付けを行い、右作業と併行して同時に船内で冷凍装置の整備点検作業が行われ、それがアンモニアガスを取り扱う作業である場合にはその旨を作業員に知らせ、非常事態に対応できる措置を講ずべき義務があると解するのが相当である。

(4) (証拠略)によれば、青山は、被告センターの請け負った作業に従事する同被告、丙事件被告新協及び同岩浪の従業員に対し、作業開始前に打ち合わせ会を持ち、その日の作業の内容及び作業に伴う注意事項を確認していたこと、機関室内の補機の近くに冷凍装置の設備があったので、作業中の接触、毀損をしないよう注意していたこと、被告テイオンが冷凍装置の整備点検作業を行うにつき、アンモニアガスを取り扱うコンプレッサーのオーバーホール等の作業をする時には被告センターの作業を中断し、作業員を船外に出すことを丸山との間で手配していたこと、栄久丸には、機関室入口付近に三個、機関長室に一個、合計四個の防毒マスクが備え付けられていたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。そして、機関室への出入方法については、左舷側タラップを取り外した替わりに、主機の上に板を敷き、主機の足場及び右板を階段替わりに使用して中甲板への通路を確保していたことは前記三の2の(二)で認定したとおりである。

(5) 右(4)の認定事実によれば、被告センターは現場責任者である青山をして、同被告の作業に従事していた作業員に対し、同被告の作業に伴うアンモニアガスの漏出に対する一応の安全措置及び安全教育を施した上作業に従事させていたこと及び他の業者によるアンモニアガスの漏出の危険に対しても、被告センター自身の作業の中止及び作業員の退避を行えるよう手配していたものであることが認められるところ、本件事故は、前記四の3の(一)の(3)で判示のとおり、専ら被告伊藤の行為に起因するものであって、被告センターの予測不可能な突発的事故であるから、前記安全対策の外に右被告伊藤の行為によって生じた危険についてまで被告センターに安全配慮義務を負わせることはできないというべきである。以上によれば、被告センターには安全配慮義務の不履行は存しない。

(6) したがって、被告センターに対する安全配慮義務違反による債務不履行責任に基づく請求は理由がない。

4  被告造船所の責任について

原告らは、被告造船所の責任につき、同被告が被告公社から栄久丸の整備点検を一括請け負いし、その内機関関係の整備点検を被告センターに、冷凍装置の整備点検を被告テイオンにそれぞれ下請に出したとして、被告造船所が元請負人の立場にあることを前提とした主張をするが、前記三の1の(二)で判示のとおり、被告造船所は栄久丸の整備点検の元請負人ではなく、その他、本件全証拠によっても、被告テイオン、丙事件被告新協及び同岩浪の各従業員との間に使用従属関係を認定し得るに足りる事実を認めることができないので、その余の点について判断するまでもなく、被告造船所に対する請求はいずれも理由がない。

5  被告公社の責任について

(一) 不法行為責任について

(1) 労安衛法三〇条二項前段には、同一の場所において相関連して行われる仕事が二以上の請負人に分割発注され、かつ、発注者は当該仕事を自ら行わない場合は、発注者において、関係請負人の労働者の作業が同一の場所において行われることによって生ずる労働災害を防止するために、同条一項に規定する措置を講ずべき者として請負人で当該仕事を自ら行うもののうちから一人を指名しなければならない旨規定されており、同条一項には右の措置として、〈1〉協議組織の設置及び運営を行うこと、〈2〉作業間の連絡及び調整を行うこと、〈3〉作業場所を巡視すること、〈4〉関係請負人が行う労働者の安全または衛生のための教育に対する指導及び援助を行うこと、〈5〉以上に掲げるもののほか、当該労働災害を防止するため必要な事項、以上の五つを掲げている。

(2) 前記三の1の(二)で判示のとおり、被告公社は、その所有する栄久丸の定期点検及び冷凍装置の整備点検を被告造船所、同センター及び同テイオンの三業者に分割発注し、右三業者の従業員が栄久丸という同一作業場所で併行して作業を行うことになったものであるから、被告公社は労安衛法三〇条二項前段の特定事業の仕事の発注者に該当することが認められる。そうすると、被告公社は、栄久丸の定期点検等を分割発注した者として、複数業者の作業員の作業によって生ずる労働災害の発生を防止するため、同法三〇条二項前段及びそれによる同法一項の措置を行なう義務があることになる。

(3) (証拠略)によれば、被告公社は、栄久丸の定期点検及び冷凍装置の整備点検の各作業についてそれぞれ請け負った業者に作業方法を一任しており、右業者間で作業手順等の調整を行うものと考えていたもので、労安衛法三〇条二項前段の措置をとっていないこと、被告公社は丸山を作業現場である被告造船所の船渠に出向かせていたものであるが、それは作業工程等の確認を行うだけにすぎなかったこと、丸山は、作業内容の問い合わせ等があれば適宜対応をしていたが、具体的作業の指示は各作業の請負人において行い、丸山が直接作業員に対し指揮監督をしたことはなかったこと、一方、被告造船所、同テイオン及び同センターの間で作業調整のための打ち合わせが持たれたことはなく、被告センターの現場責任者青山が丸山との間で同被告の作業の進行等について打ち合わせをしていたにすぎなかったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4) 本件事故は、被告伊藤が被告テイオンの請け負ったコンデンサーの冷却用海水チューブの清掃作業の準備作業を行った際、被告テイオンが請け負っていない(被告公社から発注されていない)作業であったコンデンサーからの油抜きを思い付き、独自の判断で勝手に行ったものであるが、被告公社において労安衛法三〇条二項前段に基づき指名した請負人により請負作業間の連絡調整、作業場所の巡視が行われていれば、被告伊藤の行うべき作業の確認も明確にされ、思い付きによる作業がなされる事態を防ぎ得たものといえるところ、右(3)の認定事実によれば、被告公社は、栄久丸の定期検査等の作業につき労安衛法三〇条二項の前段の措置をとらず、専ら請負業者に作業方法を一任し、自らは何らの手当をも施さなかったものであるから、分割発注における発注者としての労働災害防止措置を怠った過失があるというべきである。

(二) したがって、被告公社は本件事故につき不法行為責任を負うものである。

6  丙事件被告新協の責任について

(一) 安全配慮義務違反による債務不履行責任について

丙事件被告新協は、亡森田の雇用主として亡森田に対し労働契約上の安全配慮義務を負うものであるが、亡森田が栄久丸の機関関係の整備点検作業に従事するに際しては出向先の立場にある被告センターが全面的に指揮監督し、丙事件被告新協は直接指揮監督する立場になかったものであるから、亡森田に対する右作業における安全配慮義務は第一次的には出向先の立場にある被告センターが負うものと解すべきところ、被告センターに安全配慮義務の不履行が認められないことは前記四の3の(二)で判示したとおりである。そして、出向元の立場にある丙事件被告新協の安全配慮義務も、出向先の立場にある被告センターにおいて安全配慮義務が履行されていれば、その態様からみて特段の事情がない限り履行されたものというべきであるところ、丙事件被告新協において本件事故当日被告伊藤がコンデンサーから油抜き作業を行うことを知っていた等の特段の事情を窺うに足りる証拠はなく、また、本件事故は、丙事件被告新協が被告センターから依頼された作業そのものから生じたものではなく、丙事件被告新協及び被告センターの関知しない被告テイオンの請け負った作業に関連した被告伊藤の過失行為により生じたものであることからすると、丙事件被告新協には安全配慮義務の不履行はないというのが相当である。

(二) 不法行為責任について

本件事故は専ら被告伊藤の過失に起因するものであること、亡森田が従事していた作業については出向先の立場にある被告センターにおいて一応の安全措置及び安全教育が施されていたことは前記判示のとおりであるから、仮に丙事件原告森田五郎及び同森田孝が主張する過失が丙事件被告新協にあったとしても、右過失と本件事故との間に相当因果関係はないというべきである。

(三) したがって、丙事件被告新協に対する請求はいずれも理由がない。

7  丙事件被告岩浪の責任について

(一) 右6(丙事件被告新協の責任について)の判示(一)及び(二)のうち、「丙事件被告新協」とあるのを「丙事件被告岩浪」に、「亡森田」とあるのを「亡渡邉」に、「丙事件原告森田五郎及び同森田孝」とあるのを「丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツ」に各変更する他同一であるので、これを引用する。

(二) したがって、丙事件被告岩浪に対する請求はいずれも理由がない。

8  以上のとおり、被告伊藤及び同公社は、それぞれ原告らに対し不法行為責任を負うものであるが、右被告らの各行為は客観的に関連した関係にあることが認められるから民法七一九条一項前段の共同不法行為に該当し、被告テイオンの責任は被告伊藤の使用者としての責任であるから、被告伊藤及び同公社の責任と不真正連帯の関係にあるものである。

五  原告らの損害について

1  甲事件原告らの損害について

(一) 亡船山の逸失利益

(1) (証拠略)によれば、亡船山は昭和二六年三月八日生まれの男性で、本件事故による死亡当時満二八歳であったこと、亡船山の死亡日までの賃金収入を基に算出した昭和五四年度の年間賃金収入予想額は金三〇五万一〇四五円となることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば、亡船山は死亡当時金三〇五万一〇四五円を下らない年収があったものと推認でき、本件事故により死亡しなければ満六七歳まで三九年間就労可能であり、家族構成からすると生活費は甲事件原告らが主張する年収の三五パーセントとするのが相当であるのでこれを控除し、ホフマン式計算により中間利息を控除(新ホフマン係数二一・三〇九)した亡船山の逸失利益の現在額を算出すると金四二二五万九五六五円(但し、円未満切り捨て、以下同じ。)となる。

3051045×(1-0.35)×21.309=42259565

(2) 亡船山は昭和五四年一一月一〇日に死亡したものであるから、甲事件原告船山朋子は配偶者として、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵は子として、昭和五五年法律第五一号による改正前の民法九〇〇条に基づき、亡船山の逸失利益に関する損害賠償債権を各三分の一(金一四〇八万六五二一円)ずつ相続により取得したことになる。

(二) 慰藉料

本件事故の態様、亡船山と甲事件原告らの身分関係、その他諸般の事情(亡船山固有の慰藉料を請求していないことも含む。)を考慮すると、甲事件原告らの慰藉料は、甲事件原告船山朋子について金五〇〇万円、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵について各金四〇〇万円、甲事件原告船山辰弥及び同船山しかについて各金五〇万円とするのが相当である。

(三) 損害の填補

以上の損害額を合計すると、甲事件原告船山朋子は金一九〇八万六五二一円、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵は各金一八〇八万六五二一円となるが、亡船山の死亡に関し甲事件原告船山朋子は合計金四七一万九〇二七円の、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵は各金二〇〇万円の支払を受けたことは右甲事件原告らの自認するところであるから、これらを前記損害額から控除すると、甲事件原告船山朋子の残損害額は金一四三六万七四九四円、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵の各残損害額は各金一六〇八万六五二一円となる。

(四) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、甲事件原告らは本件訴訟の提起、追行を甲事件原告ら訴訟代理人に依頼したこと、甲事件原告船山朋子は甲事件原告ら訴訟代理人に対し、その余の甲事件原告らの分を含めて弁護士費用を支払うことを約したことが認められ、本件訴訟の審理経過、本件事案の難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として甲事件原告船山朋子が支払を求め得る弁護士費用は金四〇〇万円と認めるのが相当である。

(五) 遅延損害金の始期について

甲事件原告らは、亡船山の死亡による損害を請求しているところ、亡船山の死亡日は昭和五四年一一月一〇日であるから、右請求にかかる金員の支払について付遅滞の日は右死亡日と認められる。

2  乙事件原告らの損害について

(一) 亡渡部の逸失利益

(証拠略)によれば、亡渡部は昭和二三年二月一七日生まれの男性で、本件事故による死亡当時満三一歳であったこと、亡渡部は、昭和五四年五月から同年一〇月までの六か月間に賃金収入として金一三四万五七一二円の収入があったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。(但し、亡渡部が死亡当時満三一歳であったことは、乙事件原告らと被告伊藤との間において争いがない。)右認定事実によれば、亡渡部は死亡当時一か月平均金二二万四二八五円の収入があったものと推認でき、本件事故により死亡しなければ満六七歳まで三六年間就労可能であり、家族構成からすると生活費は乙事件原告らの主張する年収の三〇パーセントとするのが相当であるのでこれを控除し、ホフマン式計算により中間利息を控除(新ホフマン係数二〇・二七五)した亡渡部の逸失利益の現在額を算出すると金三八一九万七九七八円となる。

224285×12×(1-0.3)×20.275=38197978

(二) 慰藉料

本件事故の態様、亡渡部と乙事件原告らの身分関係、その他諸般の事情を考慮すると、亡渡部の固有の慰藉料は金九〇〇万円、乙事件原告渡部由紀子について金二〇〇万円、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実について各金一〇〇万円、乙事件原告渡部ウメノについて金五〇万円とするのが相当である。

(三) 相続分

亡渡部は昭和五四年一〇月三一日に死亡したものであるから、乙事件原告渡部由紀子は配偶者として、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実は子として、昭和五五年法律第五一号による改正前の民法九〇〇条に基づき、亡渡部の逸失利益及び固有の慰藉料に関する損害賠償債権を各三分の一(金一五七三万二六五九円)ずつ相続により取得したことになる。

(四) 葬祭費

弁論の全趣旨によれば、乙事件原告渡部由紀子は、亡渡部の葬儀費用として金一〇〇万円を支出したことが認められるが、右葬儀が昭和五四年に行われたものであることに鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害として乙事件原告渡部由紀子が支払を求め得る費用は金五〇万円と認めるのが相当である。

(五) 損害の填補

乙事件原告渡部由紀子、同渡部陽子及び同渡部真実は、亡渡部の死亡に関し合計金四三三万〇七三〇円の支払を受け、これを損害の一部に充当したことは右乙事件原告らの自認するところであり、右充当について右乙事件原告らの損害額に応じて按分した額を充当したものとみるのが相当であるから、これらを前記損害額から控除すると乙事件原告渡部由紀子の残損害額は別紙計算書のとおり金一六七〇万五三一二円となり、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実の各残損害額は別紙計算書のとおり各金一五三三万〇九六七円となる。

(六) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、乙事件原告らは本件訴訟の提起、追行を乙事件原告ら訴訟代理人に依頼し、それぞれ弁護士費用を支払うことを約したことが認められ、本件訴訟の審理経過、本件事案の難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として乙事件原告らが支払を求め得る弁護士費用は、乙事件原告渡部由紀子について金一二五万円、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実について各金一一四万円、乙事件原告渡部ウメノについて金四万円と認めるのが相当である。

3  丙事件原告森田五郎及び同森田孝の損害について

(一) 亡森田の逸失利益

(証拠略)によれば、亡森田は昭和二九年六月二一日生まれの男性で、本件事故による死亡当時満二五歳で独身であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。当裁判所に顕著な昭和五二年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計の年齢階級別平均給与額(臨時給与を含む。)を一・〇五九倍したものを基にして作成した満二五歳の男子労働者平均給与月額は金一八万七六〇〇円であるから、亡森田について死亡当時月額金一八万七六〇〇円相当の収入があったものと推認でき、本件事故により死亡しなければ満六七歳までの四二年間就労可能であり、家族構成からすると生活費は年収の五〇パーセントとするのが相当であるのでこれを控除し、ホフマン式計算により中間利息を控除(新ホフマン係数二二・二九三)した亡森田の逸失利益の現在額を算出すると金二五〇九万三〇〇〇円となる。

187600×12×(1-0.5)×22.293=25093000

(二) 慰藉料

本件事故の態様、その他諸般の事情を考慮すると、亡森田の固有の慰藉料は金一〇〇〇万円とするのが相当である。

(三) 相続分

丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、亡森田の死亡により、亡森田の逸失利益及び固有の慰藉料に関する損害賠償債権を各二分の一(金一七五四万六五〇〇円)ずつ相続により取得したことになる。

(四) 葬祭費

弁論の全趣旨によれば、丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、亡森田の葬儀費用として金二〇〇万円を要したことが認められるが、右葬儀が昭和五四年に行われたものであることに鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害として右丙事件原告らが支払を求め得る費用は金五〇万円(各自金二五万円)と認めるのが相当である。

(五) 損害の填補

(1) 丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、亡森田の死亡に関し合計金七五四万三三五四円の支払を受け、それぞれ金三三七万一六七七円ずつ各自の損害の一部に充当したことは右丙事件原告らの自認するところである。

(2) 丙事件被告新協において、同被告が丙事件原告森田五郎及び同森田孝に対し金五〇〇万円を支払ったものであるからこれを損害額から控除すべきであると主張しているので、被告伊藤、同テイオン及び同公社との関係において検討するに、右丙事件原告らは丙事件被告新協の右主張事実を争わないものであるが、弁論の全趣旨によれば、右五〇〇万円は右(1)において控除した金額の一部であることが認められるから、右(1)で控除した金員以外に損益相殺すべきものはないことになる。

(3) そうすると、丙事件原告森田五郎及び同森田孝の各残損害額は各金一四四二万四八二三円となる。

(六) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、丙事件原告森田五郎及び同森田孝は、本件訴訟の提起、追行を丙事件原告ら訴訟代理人に依頼し、それぞれ弁護士費用を支払うことを約したことが認められ、本件訴訟の審理経過、本件事案の難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として右丙事件原告らが支払を求め得る弁護士費用は各金一〇八万円と認めるのが相当である。

4  丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの損害について

(一) 亡渡邉の逸失利益

(1) (証拠略)によれば、亡渡邉は昭和三五年二月七日生まれの男性で、本件事故による死亡当時満一九歳で独身であったことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(2) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、亡渡邉の逸失利益について男子平均月収を基礎に算定した金額を主張しているが、(証拠略)によれば、亡渡邉は本件事故により死亡する前一年間に金一三一万九七九四円の賃金収入があったことが認められる。亡渡邉は、丙事件被告岩浪に雇用され、現実収入のあった有職者であったものであるが、現実収入額が認定できる場合の有職者の逸失利益の算定において、現実の収益の個人差を無視することは多くの場合合理的であるとはいえない。しかし、一方、若年労働者の賃金は通常低いうえにある程度の昇給があることは一般的に是認できるところ、これを度外視することは未就労若年者の逸失利益の算定において一般に用いられている全労働者の平均賃金を基礎とする算定方法と比較して均衡を失することになるといえる。ところで、本件においては、亡渡邉の賃金の昇給に関する資料は全くなく、結局前記認定の現実収入額をもって逸失利益の算定を行うことになるが、若年労働者に関する右事情は慰藉料額の認定において斟酌し得るとするのが相当である。

(3) そうすると、亡渡邉は本件事故により死亡しなければ満六七歳までの四八年間就労が可能であり、家族構成からすると生活費は年収の五〇パーセントとするのが相当であるのでこれを控除し、ホフマン式計算により中間利息を控除(新ホフマン係数二四・一二六)した亡渡邉の逸失利益の現在額を算出すると金一五九二万〇六七五円となる。

1319794×(1-0.5)×24.126=15920675

(二) 慰藉料

本件事故の態様、右(一)の(2)の事情その他諸般の事情を考慮すると、亡渡邉の固有の慰藉料は金一四〇〇万円とするのが相当である。

(三) 相続分

丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、亡渡邉の死亡により、亡渡邉の逸失利益及び慰藉料に関する損害賠償債権を各二分の一(金一四九六万〇三三七円)ずつ相続により取得したことになる。

(四) 葬祭費

弁論の全趣旨によれば、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、亡渡邉の葬儀費用として金二〇〇万円を要したことが認められるが、右葬儀が昭和五四年に行われたものであることに鑑みると、本件事故と相当因果関係のある損害として右丙事件原告らが支払を求め得る費用は金五〇万円(各自二五万円)と認めるのが相当である。

(五) 損害の填補

(1) 丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、亡渡邉の死亡に関して合計金三三六万六八八〇円の支払を受け、それぞれ金一六八万三四四〇円を各自の損害の一部に充当したことは、右丙事件原告らの自認するところである。

(2) 丙事件被告岩浪において、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは亡渡邉の死亡に関して合計六九三万七〇〇〇円の支払を受けたから、これを損害額から控除すべきであると主張しているので、被告伊藤、同テイオン及び同公社との関係において検討するに、丙事件当事者間において丙事件被告岩浪代表者岩浪紀夫本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる(証拠略)並びに同本人尋問の結果によれば、労働者災害補償保険法に基づく保険給付として、亡渡邉の弟である渡邉智幸を受給資格者として同人に対し、特別支給金二〇〇万円、葬儀費金二七万三〇〇〇円、遺族補償年金三六〇万円、就学援護費として昭和五四年一一月から昭和五九年二月まで毎月金四五〇〇円宛合計金二三万四〇〇〇円が各支払われ、丙事件被告岩浪から丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対し、亡渡邉の退職金三万円、弔慰金八〇万円が各支払われたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。右認定事実によれば、渡邉智幸を受給資格者として支払われた労働者災害補償保険法に基づく保険給付金については丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツが受領したものと認めることができず、丙事件被告岩浪から右丙事件原告らに支払われた金員については右(1)において控除した金額の一部であると認められるから、右(1)で控除した金員以外に損益相殺すべきものはないことになる。

(3) そうすると、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの各残損害額は各金一三五二万六八九七円となる。

(六) 弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツは、本件訴訟の提起、追行を丙事件原告ら訴訟代理人に依頼し、それぞれ弁護士費用を支払うことを約したことが認められ、本件訴訟の審理経過、本件事案の難易、認容額等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある損害として右丙事件原告らが支払を求め得る弁護士費用は各金一〇一万円と認めるのが相当である。

六  丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの丙事件被告岩浪に対する予備的請求について

1  丙事件原告ら請求原因三の3の(八)の事実(本件支払約束の締結)は、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツと丙事件被告岩浪との間で争いがない。

2  そこで、丙事件被告岩浪の予備的請求原因に対する抗弁について判断するに、本件全証拠によっても、丙事件被告岩浪と丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツとの間で、本件支払約束につき、右丙事件原告らが丙事件被告岩浪に対し亡渡邉の死亡に関して本件支払約束における金五〇〇万円を超える金員の請求をすることを解除条件とする付款を付したことを認めることができない。

3  そうすると、右抗弁はその余の点を判断するまでもなく理由がないので、丙事件被告岩浪は、本件支払約束に基づき、丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツに対し、右丙事件原告らが受領ずみであることを自認する金八〇万円を控除した金四二〇万円(各自金二一〇万円)及びこれに対する本件支払約束における最終弁済期日の翌日である昭和六〇年一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があることが認められる。

第三結語

以上の次第で、

一  甲事件について

甲事件原告らの本訴請求は、被告伊藤、同テイオン及び同公社の各自に対し、甲事件原告船山朋子において本訴請求認容額金一八三六万七四九四円の内金である金一五〇〇万円及び右金員から弁護士費用を除いた内金一一〇〇万円に対する亡船山の死亡の日である昭和五四年一一月一〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、甲事件原告船山朋美及び同船山幸恵においてそれぞれ金一六〇八万六五二一円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右割合による遅延損害金並びに甲事件原告船山辰弥及び同船山しかにおいてそれぞれ金五〇万円及びこれに対する右同日から支払ずみまで右割合による遅延損害金の各支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、被告伊藤、同テイオン及び同公社に対するその余の請求並びに被告センター及び同造船所に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、

二  乙事件について

乙事件原告らの本訴請求は、被告伊藤、同テイオン及び同公社の各自に対し、乙事件原告渡部由紀子において金一七九五万五三一二円及びこれから弁護士費用を除いた内金一六七〇万五三一二円に対する本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金、乙事件原告渡部陽子及び同渡部真実においてそれぞれ金一六四七万〇九六七円及びこれから弁護士費用を除いた内金一五三三万〇九六七円に対する右同日から支払ずみまで右割合による遅延損害金並びに乙事件原告渡部ウメノにおいて金五四万円及びこれから弁護士費用を除いた内金五〇万円に対する右同日から支払ずみまで右割合による遅延損害金の各支払を求める限度で、それぞれ理由があるからこれを認容し、被告伊藤、同テイオン及び同公社に対するその余の請求並びに被告センター及び同造船所に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、

三  丙事件について

1  丙事件原告森田五郎及び同森田孝の本訴請求は、被告伊藤、同テイオン及び同公社の各自に対し、それぞれ金一五五〇万四八二三円及びこれから弁護士費用を除いた内金一四四二万四八二三円に対する本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告伊藤、同テイオン及び同公社に対するその余の請求並びに被告センター、同造船所及び丙事件被告新協に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、

2  丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの本訴請求(丙事件被告岩浪に対しては主位的請求)は、被告伊藤、同テイオン及び同公社の各自に対し、それぞれ金一四五三万六八九七円及びこれから弁護士費用を除いた内金一三五二万六八九七円に対する本件事故の日の翌日である昭和五四年一一月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、被告伊藤、同テイオン及び同公社に対するその余の請求、被告センター及び同造船所に対する請求並びに丙事件被告岩浪に対する主位的請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、

3  丙事件原告渡邉孝及び同渡邉ミツの丙事件被告岩浪に対する予備的請求は全て理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条一項を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山中紀行 裁判官 青野洋士 裁判官清水信雄は転補のため署名押印できない。裁判長裁判官 山中紀行)

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